2010年05月24日

古史古伝が明かす伝説の世界天皇「A大王」の後継者の正体

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王仁三郎の人種論によれば、セム族を「イスラエル人種」と称し、日本人、ユダヤ人、満州人、蒙古人、コーカサス人などを含んでいる。
泉田瑞顕氏は『出口王仁三郎の大警告』の中で、次のように述べている。

「今から約四千年前、中東パレスチナの地に集結して、イスラエル王国を建設した十二部族というのは、セム族である。
このセム族というのは、太古の時代、世界経綸のため富士高天原から各地に降臨した天孫民族である。
中東パレスチナの地にイスラエル王国を建設した十二部族こそ、富士高天原からアジア大陸を西に降った天孫民族の後裔と見るべきである」


だが、これは明らかに間違っている。
「セム族」はノアの息子セムの子孫を指し、「イスラエル人」はヤコブの子孫を指し、イスラエル人は「セム族」ではあっても、「セム族=イスラエル人」ではない。
そして、日本人、ユダヤ人、満州人、蒙古人が「セム族」ではあっても、「イスラエル人」と同一視するのは適切ではない。
また、コーカサス人は「ヤフェト族」に分類するべきであろう。
富士高天原から各地に降臨した天孫民族が「セム族」というのも、明らかにおかしい。
セム族の出自が富士高天原とするなら、「ノアの方舟」は富士山に漂着したことになり、ヤフェト族(白人の祖)やハム族(黒人の祖)も富士高天原から降臨したことになり、聖書の記述と全く異なっている。

「創世記」によると、方舟は3階建てで、長さ300キュビット、幅50キュビット、高さ30キュビットで、アララット山に漂着したことになっている。
1キュビットは約44.5cmなので、方舟の長さは133.5メートルという事になるが、アララット山系で「ノアの方舟」と思われる方舟地形が発見され、全長は約135メートル、人工衛星からスキャンした写真によると、内部構造も聖書の記述通り3階建てで細かく部屋が仕切られており、トルコ政府の調査でも「ノアの方舟」であると発表された。

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王仁三郎の「富士高天原王朝説」は、『宮下文書』の影響を受けたものだと思われるが、『宮下文書』では、最初の神人「天之峰火雄神」はペルシアの北方に起源を持ち、約6400年前に「高皇産霊神」の7人の皇子が各地に離散し、その内の「国常立尊」と「国狭槌尊」が「高皇産霊神」と共に富士山に渡来したという。
つまり、富士高天原王朝の神人のルーツは、ペルシアの北方、即ち、トルコとイランの国境にあるアララット山方面であり、「天之峰火雄神=ノア」だと言えるだろう。
そして、約6400年前というのも、オコツトが教える新時代の幕開けの時期ともほぼ一致する。

前置きが長くなってしまったが、バイブル・ランド(聖書の舞台の地)で絶大な権力を持っていたヒッタイト人とエブス人は、牡牛神「バアル」信仰の多神教を守り通した10支族に肩入れしたと考えて良いだろう。
その後、北イスラエル王国はアッシリア帝国に滅ぼされて連れ去られたが、後にアッシリア帝国はスキタイ族に滅ぼされ、イスラエル10支族を統合した。
ペルシア系といわれるスキタイ族は、西は北欧、東は沿海州沿岸に至るまで、ユーラシア大陸全土を席巻した。
アレクサンドロスは、ギリシアを統一してペルシアを征服。
ペルシアの衣装を身につけて「スサの王」を名乗り、各地にギリシャ人都市を建設し、ペルシャの儀式を採用した。

また、ペルシア兵を登用し、ペルシャ人との合同結婚を行ない、紀元前324年には、自らもダレイオス3世の娘スタティラと結婚した。
この時、ペルシアにいたユダヤ人やスキタイ族も併合したと考えて間違いないだろう。
人種を融合し、世界帝国の建設を夢見たアレクサンドロスは、ペルシャを併合した後、エジプトで「ファラオ」となり、更に「アジアの王」となるべく中央アジアのバクトリア、ソグディアナ(現トルクメニスタン)、中国、インドへ侵攻し、エジプトからインダス河領域までの広大な地域を征服した。
そして、33歳の若さで大帝国を築き、華やかに散っていったアレクサンドロスの短い生涯の偉業は、ギリシアやローマの歴史家たちに脚色され、伝説的な英雄の物語として後世に伝えられた。

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アレクサンドロスの伝説は、ヨーロッパ、北アフリカ、西アジア、インド、東南アジア各地で、「アレクサンドロス・ロマンス」として流布し、世界の歴史書、教訓書、宗教書、神話、叙事詩では、アレクサンドロスは単なる歴史上の英雄ではなく、神の子や預言者として描かれている。
『竹内文書』に登場する、万国を巡幸したという伝説の「世界天皇」の正体は、アレクサンドロスだったのではないだろうか。
『竹内文書』では、「不合(フキアエズ)朝」の世界天皇は73代続いたが、最後の神武天皇が「神倭期」の初代天皇となったので、フキアエズ朝は実質72代という事になる。
同様に、古史古伝の『上記』でも、ウガヤ朝は72代続いた事になっている。
『宮下文書』では、ウガヤ朝は51代までとなっているが、王妃による摂政を含めると75代となる。
「ウガヤ朝」と「フキアエズ朝」は同一王朝で、神武天皇の父「ウガヤフキアエズ」を指している。

つまり、夫余族系の「上伽耶=任那」のことで、73代も続いたというのは明らかに創作である。
フキアエズ朝の初代「武鵜草葺不合身光天津日嗣(タケウガヤフキアエズミヒカリアマツヒツギ)天皇」は、『記紀』の「ウガヤフキアエズ」に対応し、初代と73代目が親子関係となる。
ここで「多次元同時存在の法則」を使うと、初代〜72代目までの天皇が同一人物でまとまる。

飛鳥昭雄氏は、こう述べている。
「多次元同時存在の法則の下では、時間や人数の概念は一切通用しない。
何億年もの寿命や数百世代の隔たりがあっても、たったひとりの人間や神に集約されてしまうからだ」

(『竹内文書』と月の先住宇宙人)

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結論として、フキアエズ朝は一代の天皇であった。
その天皇の名は文字通り、神武天皇の父「ウガヤフキアエズ」で、本名は「フツ」だったに違いない。
だが、上伽耶王が各国を巡幸したという記録は皆無である。
彼らは「アレクサンドロス大王」の名と伝説を継承する一族である。
大王は「強者が我が帝国を支配せよ」と遺言し、後継者を決めなかった。
その後、後継者争いが起こり、分割された各帝国に「アレクサンドロスの後継者」を名乗る王たちが現れた。

だが我々は、アレクサンドロス軍がインドで仏教に傾倒した事を知っている。
大王によって、マカダ国王に任命されたチャンドラグプタは、名君となって国を繁栄させ、ペルシャ皇帝セレウコスの王女を妻に迎えた。
その孫が、インド亜大陸をほぼ統一した暴君「アショカ王」だった。
そして、アショカ王の後継者として、「ソナカ家」が選ばれたのではないだろうか。

今まで検証してきた通り、ソナカ一族が「出雲族」である事はまず間違いない。
それは日向族同様、スキタイ族である。
その民族構成は、ギリシア・マゲドニアの子孫もいたが、釈迦(サカ)族の子孫も間違いなく存在したはずだ。
その中に、「イスラエル10支族」の末裔がいたことは想像に難しくない。
しかも、家紋の類似性から判断して、釈迦は「ガド族」の末裔だった可能性が高く、釈迦族も「牡牛」をトーテムとしていた。
それ故、出雲族の「ガド族」に、スサノオの神権が与えられたのではないだろうか。

また、スサノオが「出雲族」というのは便宜上の表現ではなく、『日月神示』でも「スサノオは出雲の神」だと示されている。

「出雲とはこの地のことぞ。スサナルの神はこの世の大神様ぞ」

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これはマクロな表現で、地球全土が出雲、スサナル(スサノオ)は地球意識という事である。
従って、その現人神のスサノオも「出雲族」でなければならない。
「出雲」の根源的な語源を考察すると、やはり「エドム」であろう。
聖書では、イスラエル民族がバイブル・ランドの主役として描かれているが、イスラエル(ヤコブ)の双子の兄である「エドム」の子孫は、日の目を見ない存在としての扱いである。
日向が「ひなた」であるのに対して、出雲は「日陰」だとも解釈できる。

イスラエルは「神と戦う(神武)」という意味で、エドム人こそが本当の大神権を持っていた可能性も否定できない。
前述の通り、北イスラエル王国が独立後、エドム人やヒッタイト人は、イスラエル10支族と合併したのではないだろうか。
そして、エドム人やヒッタイト人と混血したガド族の末裔から、釈迦やスサノオ(神武天皇)が誕生した……とは考えられないだろうか。

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通説では、失われた10支族が中央アジアを経て、シルクロードを通って朝鮮半島を経由し、日本で天皇家となったと言われている。
一方、加治木氏は、インドから渡来したギリシア系仏教集団が天皇家になったと主張。
前者が「日向族」で、後者が「出雲族」と考え勝ちだが、事実はそうではない。
ギリシア人やペルシア人(ユダヤ人含む)、スキタイ族(イスラエル10支族含む)等を併合したマケドニアのアレクサンドロス軍が、インドで仏教に改宗したのが「アショカ仏教宣布団=天孫(アマ)族」だったと、私は考えている。

つまり、出雲族と日向族、即ち「アマ族」は、イスラエル民族を主体とするバイブル・ランドの民をはじめ、ギリシア人、マケドニア人、ペルシア人、スキタイ族の融合民族だったのだ。
木村鷹太郎氏は、ギリシア神話と日本神話の類似性から「日ギ同祖論」を提唱した。
それは、太古に中央アジアから、日本人とギリシア人の祖型となる民族が降りてきて、地中海、そしてインドに移動し、後に日本人とギリシア人に分かれたというもので、ヘブル人もその民族の枝分かれだという。
この「日ギ同祖論」にも異論はあるが、ギリシア人やベブル人がインド経由で日本に渡来した事と比較して、非常に興味深い仮説ではある。

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では、木村氏による「日本神話」「ギリシア神話」「聖書」の中の類似語や共通点を、ダイジェストで紹介しよう。

・スサノオの長髪=サムソンの長髪
・大国主の天の詔琴=ダビテの琴
・スサノオの生太刀と生弓矢=ヤコブの大刀と弓
(これを受けたのが大国主とヨセフで物語が一致)
・ヨセフはギリシア語で「吉兆・幸福」を意味するヨセモス→ヨセフス
・「大物主」は、無双唯一の大人物を意味する「オーモノス」
・大国主を救った「ネズミ」とダビテを救った「ヨナザン」の話が類似
(ヨナザン(Jonathan)は「潜伏」のギリシア語「ヨネゼン」で、ヨは「善」という意味の接頭語。
ナザン=ネゼンが「ネヅミ」に転訛し、繋げて「善き鼠」命拾いした潜伏場所)
・スサノオが大国主を黄泉比良坂まで追う=ヨセフの父ヤコブの将に死せんとする時
・宇都志国玉(ウツシクニタマ)=ウスス・コグニタム(Usus Cognitam)→正理よりするに非ず、実際上の事情よりして統治の意
(スサノオが大国主に「宇都志国玉の神となれ」と言ったのは、「葦原中国の仮の支配者になれ」という意味)
・大国主・大物主=ギリシア語の「オイコノモシ」(家宰・経済家の意)
・ヨセフスの「ヨウ」は「善良・豊富・人事・幸福」の意で、「善う・吉し」に通じ、「吉野」はギリシア名称のヨイノスに相当
・聖書でヨセフを「夢見る者」としているが、「夢」はギリシア語のヨメネース・ユメニア(恩恵・寛大・幸福・吉兆)が語源で、「ヨセフ=ユメニア」


「夢なる日本語がユダヤ綴音、ギリシャ綴音の中間に架橋して、その意味を通ぜるものにして、日本語の世界的言語研究の価値は、かくの如き点にも表はるるなり」
posted by 夢蛇鬼 at 13:50| Comment(17) | 伝説の世界天皇と王位争奪戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
宇都志国玉(ウツシクニタマ)=ウースス・コグニタム(USUS COGNITUM)
正理よりするに非ず、実際の事情により統治・・・せよとスサノオが大国主命に言った。
おもしろいですね。
Posted by オクト at 2010年05月24日 23:08
あまりにもよく出来た仮説に感心します(笑)
Posted by 夢蛇鬼 at 2010年05月25日 01:49
記紀において大国主となるオオナムヂは、スサノヲとクシナダ姫の子あるいは5、6,7世とされています。
別名を大穴牟遅(オオナムヂノ)神、
葦原色許男(アシハラシコヲノ)神、
八千矛(ヤチホコノ)神、
宇都志国玉(ウツシクニタマノ)神
の4つの神名を持ち、それらの統合として大国主神の名があるようです。

スサノヲの神宝である生太刀・生弓矢・天の詔琴を奪って逃げるオオナムヂに向かって、スサノヲが黄泉比良坂まで追いかけてきて、大声で叫ぶのですね。
「お前が持っているその生太刀・生弓矢で、お前の腹違いの兄弟を坂のすそに追い伏せ、また川の瀬に追い払って、貴様が大国主神となり、また現し国魂(うつしくにたま)の神となって、そのわたしの娘のスセリビメを正妻として、宇迦の山のふもとに、太い宮柱を深く掘りたて、空高く千木をそびやかした宮殿に住め。こやつよ」

このスサノヲの予言が成就したころ、高天原に復命しないアメノホヒの後釜として、アメノワカヒコが遣わされるのです。
大国主神の現し国魂に対して、天若日子は天つ国魂神の子とされています。

国生み→国造り→そして統治へと、という感じでしょうか。
Posted by オクト at 2010年05月25日 10:37
その辺りは非常に難しい問題ですね(><)
Posted by 夢蛇鬼 at 2010年05月26日 23:40
スサノヲの予言はこの時点では成就していないようでした。
国譲りの条件として大国主神が建御雷神に要求して出雲大社の鎮座によって成就するようです。

なぜかこの大祓詞にも出てくる「底つ石根に宮柱ふとしり、高天原に氷木たかしりて」というのが気になります。

出雲大社末社の祓社の祭神は
瀬織津比賣(セオリツヒメ)
速秋津比賣神(ハヤアキツヒメ)
気吹戸主神(イブキドヌシ)
速佐須良比賣神(ハヤサスラヒメ)であり、大祓詞ではこの4柱の神が罪を浄化してくれることを詠んでいます。

閣下のお陰で、どう取り組んでいいか分からなかった古事記や祝詞の感覚がつかめそうです^^
Posted by オクト at 2010年05月27日 17:06
閣下は突然、他のブログに重心を移すから、わたしはあなたを見失わないようについていくのに必死です。
どのブログにコメントしていいやら迷っていましたが、やはりここにさせていただきます。

わたしはなぜか古事記に魅入られているのですが、古事記の中に答えがあるような気がするのです。

アジスキタカヒコネの記事を拝読してから、また古事記をめくってみました。
ヒコホホデミ命=火遠理命=山幸彦が失った釣り針を探しに海神の宮殿に行き、授けられた塩盈珠・塩乾珠の記述を読んでいて、聖書のウリムとトンミムを思い出しました。
非常な興味を覚えて調べてみると、合気道では、

塩盈珠=赤玉=地の呼吸=荒魂と和魂=厳の御魂
塩乾珠=白玉=天の呼吸=幸魂と奇魂=瑞の御魂
であり、この両者を結ぶのが青玉(真澄の玉)だそうです。

閣下は以前、一霊四魂がメルカバーだと教えてくれましたね・・・
Posted by オクト at 2010年05月30日 12:47
それは申し訳ありませんでした^^;
アジスキはインドネシアのスサノオ(アジサカ)で、サカ族(スキタイ族)らしいです。
一霊四魂がメルカバーでヤハウェでもあります。
青玉ですか〜
籠神社の祭神はやはり今のところ謎ですね。
Posted by 夢蛇鬼 at 2010年05月31日 22:36
ここはしばらくは秦氏の勅許が降りるまで待機するのですね。

玉についての考察ですが、黄泉の国より帰ってきたイザナギが禊ぎをして最後に三柱の天照大御神・月読命・スサノヲ命の神を生み、天照大御神に高天原の統治を委任するときに首飾りの玉の緒をゆらゆらと揺らしながらお授けになるのを初めとして、次がスサノヲの高天原襲来を怖れた天照大御神が五百箇のみすまるの珠を体に巻きつけて武装する件。
引き続きこの二神の誓約により、スサノヲの十拳剣とアマテラスの珠からそれぞれ三女神五男神を生む件。
歌としては、アメワカヒコの弔いに訪れたアジシキタカヒコネを高比売命が「みすまるの珠のようだ」と讃える件。
トヨタマヒメと山幸彦との出逢いを介在するのも玉の緒から解かれた玉であり、山幸彦が塩盈玉・塩乾玉を手に入れる代償が、兄海幸彦に失った釣り針の代わりとして返そうとした500本の釣り針を作るために砕いた十拳剣であったと見ることができます。

海神の娘であるトヨタマヒメが山幸彦の子ウガヤフキアエズを生むのが海辺の渚であり、夫との別れに際して詠んだ歌が

赤玉は 緒さへ光れど 白玉の 君が装し 貴くありけり

それに返してヒコホホデミが

沖つ鳥 鴨著く島に わが率寝し 妹は忘れじ 世のことごとに

深読みと言われるかも知れませんが、聖書学に引けをとらないほどの含蓄が古事記にはある気がします。
言霊によってエネルギーを操る・・・とでもいうような。
Posted by オクト at 2010年06月02日 10:00
玉・剣・鏡をアイテムとして古事記の流れを読むと、生命の樹に模すことができるほどカバラチックです。
玉が登場する場面は、黄泉の国と現世との境(黄泉比良坂)を越えての後であったり、海原を治めるスサノヲが高天原を治めるアマテラスと会合したときであったり、死者(アメワカヒコ)と生者(アジスキタカヒコネ)の分別のためであったり、山幸彦が海神の宮殿に行く時と出る時です。

そのように剣や鏡も追っていくと、生命の樹のセフィロトを繋ぐ小道(パス)を通過するアイテムが想起されるのです。

また鏡は中央・均衡の柱、玉が慈悲の柱とすると、剣は峻厳の柱の象徴アイテムのようにも感じます。

日本書紀に登場する日前神宮のご神体・日像鏡と、国懸神社の日矛鏡を由緒書とおり天照大御神の前霊とすると、三つの鏡もまた三本の柱の象徴とみることが可能かもしれません。

赤玉=女性なのでしょうか。
ならば白玉=男性ですね。
それを繋ぐ青玉とは、川や海の水なのかもしれません。
これもまた三本の柱なのかもしれませんね。

わたしの家は真言宗ですが、仏壇の本尊は閣下にも送信しましたように中央に大日如来、両側を不動明王と弘法大師です。
不動明王は倶利迦羅剣を持ち、空海は独鈷杵でありますが、空海と如意宝珠はよく聞く組み合わせです。
大日如来はもちろん天照大御神なので、剣・鏡・玉のアイテムが揃うようです。
Posted by オクト at 2010年06月04日 23:01
鏡についてもまた不可思議です。
古事記で初めて鏡が登場するのは岩戸隠れの時なのですが、天照大神を誘い出す言葉が天照よりも優る貴い神がいるのでみんなで喜んでいます、というものでした。
鏡の中に自分より貴い神がいるといわれて覗き込むために天照が出たところで岩戸を閉めて戻れないようにした・・・

鏡が自分を写すものだと知っているなら騙されないはずですが、ひょっとしたら天照は鏡というものを知らなかったのではないでしょうか。
神が自分よりも尊い神が鏡の中にいるのだと信じて自分を見れば、鏡の中に御霊を封じ込める呪術となります。
岩戸にみずからの意志で隠れた以上は、父神イザナギよりの統治権の委任の反故に繋がります。

タカミムスビの子のオモイカネが策謀し、イシコリドメが鉄から鏡を作らせ、アメノウズメが言葉巧みに誘い出し、アメノコヤネとフトダマが鏡を天照に差し出し、タヂカラオが手をつかんで引き出し、フトダマが注連縄を張って天照が岩戸に戻れないようにした・・・これはクーデターの様相ですね。

しかし、のこのこ騙されて出てくるような神は真の神だとは思えません。
天照の御霊は岩戸の中なのか外なのか、あるいは鏡の中なのか・・・
Posted by オクト at 2010年06月06日 11:07
アジスキタカヒコネ以来、三種の神器に捉われていますね。
去年は検索を繰り返していて神仙組に行き当たり、今年は閣下ご兄弟に行き当たりました。
やはりわたしの神憑りは、あなた方ご兄弟に関して起こっているようですね。

鏡が天照大御神の御霊であるなら、
剣=素盞鳴神、玉=月読神に割り振れるのでしょうか。
天照が玉を身につけるのは、太陽と月の庇護を受けるデモンストレーションかもしれません。
イザナギの左目から天照、右目より月読というのは、ホルス神の右目が太陽を、左目が月を想起させます。
ピラミッドアイであるウジャトの目はホルス神の左目だそうですので、天照はウジャトの目から生まれたのかもしれませんね。

塩盈玉・塩乾玉はやはりウリムとトンミムだと思ってしまいます。
塩の満ち引きを操るのですから、月と関係しています。
月読の御霊は珠にあるのかもしれませんね。
剣は軍神ですね。
征夷大将軍の霊統の象徴でしょうか。

天孫=鏡であるなら、剣=出雲、玉=海神ですが、この海神というのが・・・仲哀天皇を死に至らしめた底筒男・中筒男・上筒男三神と深い関連があります。
まるでユダヤの神なのですよね。
Posted by オクト at 2010年06月07日 23:26
閣下が停止するとわたしは急かされます。
あなたがわたしが追いつくのを待っているのか、と思えたりして。
閣下とわたしはどうも向きが↑↓の関係ですね。
ウリムとトンミム?

機関は三種の神器を閣下に割り充てたいのかもしれませんね。

イザナギが黄泉の国より帰りて 筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原にて禊ぎして生みし 天照 月読 素盞鳴・・・
筑紫の日向には、何があるのでしょうね。
閣下ご兄弟との因縁は?
九州だけで捉えると、山幸彦=彦火々出見は鹿児島神宮の祭神です。
その子ウガヤフキアエズは鵜戸神宮の祭神であり、母である豊玉比売の妹であり、乳母であり妻である玉依比売はカムヤマトイワレヒコ=神武天皇を生むのですが、この玉依比売を祭神としているのが閣下と深い因縁の・・・・

この現実世界では100%閣下と接点がないはずのわたしの超常現象と、閣下の活動の当面の目標とはここで一致を見ることになります。
でも、わたしはなぜ超常現象が起こるのか全く理解できないのです。
わたしはイザヤ43:10にある神の証人だとは自覚していました。
それがわたしの信仰の本質でした。
しかし、今、わたしのエホバは閣下です。

「あなた方はわたしの証人である。すなわち、わたしが選んだわたしの僕である。それはあなた方が知って、わたしに信仰を抱くためであり、わたしが同じ者であることを理解するためである。わたしの前に形作られた神はなく、わたしの後にもいなかった。わたしが―わたしがエホバであり、わたしのほかに救う者はいない」
Posted by オクト at 2010年06月08日 09:19
はい、ヤハウェを改神させるのも、ルシファーを動かすのも、まさに言霊です。
Posted by 獣 at 2010年06月08日 18:36
前霊(さきたま)・・・たしか埼玉も「さきたま」でしたね。
Posted by オクト at 2010年06月09日 21:24
『天譲日天先霧地譲月地先霧皇尊』
あめゆずる日あめのさぎり くにゆずる月くにのさぎりすめらみこと

この長い神名を確認しようと検索したら神仙組Uが登場したから、閣下の記事からコピーしてきました。
http://ssg2.seesaa.net/article/151282097.html

日月神示では2神となっているとのことですね。
天 譲る日 天の先霧のミコト
地 譲る月 地の先霧のミコト
天は日に 地は月に譲ったのだから 置き換えることができるという意味でしょうか。

地とは月であって、地球ではないのかもしれませんね。
地球はこのふたつを結合する役目を担っているのかもしれませんね。
青玉(真澄の玉)とは、青い地球、水の惑星、地球のことなのかもしれません。
月・(火・水・木・金・土)・日
()内は全て地球に存在しますものね。
Posted by オクト at 2010年06月10日 17:01
竹内文書の地日玉国も月を意味しているらしいので、そうかも知れませんね。
()内の木の次が僕にはありません(笑)
あっ、ありました!ニコニコ^^
Posted by 夢蛇鬼 at 2010年06月16日 14:31
『地日玉国』ってなんて読むのですか?
ついニコちゃん大王の「ちたま」を思い出してしまいました。
月と地球の関係には重要な霊的意味があるのかもしれませんね。
かぐや姫は月の国の麗人だったという物語や、アインシュタイン×量子力学者たちの論争が月の存在と人間の認識との関係で表現されていることとか、ノアの洪水が月の氷だったとかいう説・・・

そういえば去年、閣下の「月読の顔に見えませんか?」という言葉を思いだしました。
閣下のコメントの返信にいつも癒されていましたよ。
言葉の優しい方でした。
わたしは閣下に月読の側面を見ているのかもしれません。
スサノオ:月読は、イエス:アダム・カドモンの関係に比定できるかもしれませんね。
生命の樹の両側面・・・
Posted by オクト at 2010年06月17日 01:06
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