2010年05月23日

スサノオの神権を継承したバイブル・ランドの覇者「ガド族」の謎

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泉田瑞顕氏は、『出口王仁三郎の大警告』の中で次のように述べている。

「二千七百年前、中東パレスチナの地から姿を消したイスラエル十支族は、海陸両面から東に向かい、縄文晩期の頃から波状的に日本列島各地へ渡来し、当時の列島原住民と同和混血したとみるべきであろう。
東洋史に現れてくる扶余族の主流はおそらく、陸路を東進したイスラエル人であり、倭人というのは、海路を東に向かったイスラエル人であろう。
彼らは日本列島各地の海岸平野地帯に定着し、先住民と同化しつつ、いわゆる弥生経済革命の原動力となった」


氏の主張を要約すると、陸路を東進したイスラエル人が「扶余族」 、海路を東に向かったイスラエル人が「倭人」で、共にイスラエル10支族ということになる。
つまり、「扶余族=日向族」「倭人=出雲族」で、「日向族+出雲族=イスラエル10支族」だというのだ。
だが、倭人はカリエン人(バビロニア人の末裔)で、夫余系国家「高句麗」の原住民もカリエン人である事は、既に解明済み。
そして、加治木説を軸にアリオン説を検証してきた通り、「夫余族=ソナカ家」は海路ルートで渡海した出雲族であった。

また、泉田氏は、イスラエル10支族が陸海各ルートで日本に渡来して共同社会を築いた後、騎馬民族の神武一族が来襲したと結論づけているが、夫余族こそが「騎馬民族」なのであった。
それは、「出雲族」としての神武天皇である。
記紀で、神武天皇が「日向族」だとされているのは何故か……別の機会に改めて詳述する。

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アマ族の中のイスラエル民族を分類すると、夢蛇鬼説ではおおよそこのようになる。

「出雲族=イスラエル10支族」「日向族=イスラエル2支族=ユダヤ人」

「出雲族と日向族」の対立は、「10支族と2支族」の対立だったという見方が出来る。
但し、厳密に言えば、その構成は最初から変則的であった。
ヤコブ(イスラエル)は12人の息子を設けた。
即ち、「ルベン」「シメオン」「レビ」「ユダ」「ダン」「ナフタリ」「ガド」「アシェル」「イッサカル」「ゼブルン」「ヨセフ」「ベニヤミン」である。
この12人の息子から「イスラエル12支族」が誕生したが、レビ族は祭祀職として聖別され、12支族から除外視。
代わって、ヨセフの息子「マナセ」と「エフライム」が独立した支族を形成し、「イスラエル12支族」は次の構成となっている。

「ルベン族」「シメオン族」「ユダ族」「ダン族」「ナフタリ族」「ガド族」「アシェル族」「イッサカル族」「ゼブルン族」「マナセ族」「エフライム族」「ベニヤミン族」

また、イスラエル(ヤコブ)には、「エドム」という兄弟がいた。
もっと言えば、イスラエルはアブラハムの子孫ではなかった可能性が高い。
更に『大本神諭』では、「イスラエルの十二の支流の源を明らかにする」と示されているが、今のところ、イスラエル12支族の源はイスラエル(ヤコブ)であるとしか言いようがない。
従って、それらを総称して「ヘブライ人=イスラエル民族」としよう。
彼らはエジプトに移住し、膨大な数に膨れ上がった。

水上涼氏は、「イスラエル民族の中にはエジプト人と呼んだ方が良い部族もいる」と指摘しているが、エジプト人も加わったと見て良いだろう。
また、エルサレムには「エブス人」という先住民がいたが、水上氏によると、ソロモンに事業の経営を指導したのはエルサレムのエブス人で、エルサレムを陣取ったダビデが、実はエブス人と同盟していたという。

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水上氏は著書『ユダヤ人と日本人の秘密』で、こう述べている。

――聖書によれば、エルサレムはたしかダビデがエブス人から奪い取ったことになっていたはずだが、そこには謎めいた王がいたことになる。
しかもその王は驚嘆すべき富を持っていたのは疑う余地がないが、もう一つの力である軍事力を持っていたことも推定できる。
その王とソロモンの間に軍事上の完全な信頼関係があったことを物語る。
これはエルサレムのエブス人であろう。
彼はダビデを後援してとらせた王位を、ソロモンによって再び確保したのであった。
それでは、彼はなぜソロモンを選び出したのか?
ソロモンがどういう集団に属していたかについて、私にある一つの考えは、ヒッタイトの存在である。
そのかかわりは、ソロモンの母親がヒッタイト人だったからかも知れない――


また、次のように述べている。

――「日ユ同祖論」とはいっても、イスラエル民族の周辺にいた民族、ヘテ・エブス・エドムもまた我々の祖先である。
「列王記上」には、「ソロモン王はエドムの地、紅海の岸のエラテに近いエジオン・ゲベルで数隻の船をつくった」とあるので、たしかにエドム人たちが、あるいはエドム人による造船会社がタルシン船を製造したものらしい。
またマレー半島での、ソロモンの名が出てくる鹿とワニの民話の日本版は「出雲風土記」に載っている。
エドム人は船をつくっただけでなく、その船に乗って日本にも来たのである。
彼らが出雲族なのだ。
「創世記」によれば「エサウは四十歳のとき、ヘテ人とベエリの娘ユデデとヘテ人とエロンの娘バスマテとを妻にめとった」とある。
エサウはエドムの本名であり、ヘテは世界最古の製鉄民族のヒッタイト人なのだが、エドム人とヒッタイト人は親密な関係にあったことを意味している――


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出雲族はエドム人なのだ。
しかし、ここでいう「出雲族」は、年代的に見て、アリオンの預言者・北川氏が便宜上名付けた「出雲族」とは異なる。
縄文時代に日本列島に渡来した「先住出雲族」である。
ここで注目すべきは、「エドム人とヒッタイト人が親密な関係にあった」ということ、「ダビデがエブス人と同盟していた」ということである。
エドム人(出雲族)とヒッタイト人は切っても切れない関係のようだ。
古代イスラエル王国の初代大王は、ベニヤミン族のサウルだった。

そして、サウル亡き後、ユダ族のダビデが大王に選ばれた。
ここで確認できる事は、「ユダ族」のみがイスラエル民族の絶対的王権を持っている訳ではないということ。
また、当時、ユダ族が肩入れされていた理由は、ヒッタイト人との関係であった。
ソロモンの時代、ユダヤ教はまだ成立していなかった。
初代大王のサウルは、息子に「エシュバール」と名付け、バアル信仰を明らかにした。
2代目のダビデは、偶像を寝床に入れて逃走した。
3代目のソロモンは神殿を建て、12頭の牛の像を3頭ずつ東西南北に向けて設置していた。
シュメール〜ヒッタイトの流れを汲むイスラエル民族が、牡牛を中心とする多神教だったことは、当然といえば当然のことだった。

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そして、ソロモンが神殿に「契約の箱」を収めると、雲が神殿に満ち、ソロモンはこう言った。

主は日を天に置かれた。
しかも主は自ら濃き雲の中に住まおうと言われた。
わたしはあなたのために高き家、
とこしえのみすまいを建てた。


同様に、スサノオが出雲で宮殿を建てた時にも雲が現れ、スサノオは日本で最初の和歌を詠んだ。

八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣つくるその八重垣を

木村鷹太郎氏は、「八雲=ヤコブ」「出雲=エドム」であるとし、水上氏は「スサノオはヒッタイト〜ユダ族を貫く神」だと主張した。
ところが、イスラエル王国の南北が分裂し、ユダヤ教の成立に伴って、ユダ族の信仰は一神教に変貌していった。
「一神教」については、別の機会に詳述したい。
一方、エフライム族の「ヤラベアム」が10支族の王として、北イスラエル王国を建国。
後に、10支族が「出雲族」となり、2支族が「日向族」となったとするならば、出雲族と日向族を統合する大王(天皇)になる為には、古代イスラエル王国を治めた「ユダ族」を超える王権を備えている必要がある。
イスラエル民族の中で、特に目立った存在ではなかった「ガド族」が、皇位継承の証を保持して日本に渡来した経緯は、どのようなものだったのだろうか。
posted by 夢蛇鬼 at 11:47| Comment(4) | 伝説の世界天皇と王位争奪戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
出雲族が北イスラエル王国の10支族であったと考えると、10月が神有月であるのも頷けます。
出雲には有神紋がありますが、十と月を足して有としたようです。
やはりイスラエルの神「有りて有る者」の名残でしょうか。
Posted by Arimoto at 2010年05月23日 19:33
イスラエル王国が南朝と北朝に分かれてからユダヤ教が成立していったのですか。
偽アカシックはユダヤ―キリスト教を軸として形成されていったのかもしれませんね。

12はなぜ絶対数なのでしょうね。
12支族・12使徒・12ヶ月・12方角・12時間・12支・・・
終末にはイスラエル12支族が揃うのでしたっけ。
それぞれの支族の象徴なのかもしれませんね。

エドム人(出雲族)とヒッタイト人は切っても切れない仲ですか。
出雲地方には石見銀山もあり、第二次長州征伐の時、あの大村益次郎の指揮により浜田城が陥落され、明治まで長州藩が天領石見銀山を制圧していたそうです。
また、安来のたたら場が後に日立金属となって、日立―ヒッタイトの響きが似ているのも奇妙な偶然ですね。

江戸時代、武家の系譜は源氏を祖としなければならなかったそうです。
その理由をただ平家を滅ぼしたためだと思っていたのですが、大江山の鬼退治をした源頼光や多田銀銅山を開発した満仲ら源家の祖を祀る多田神社の格の高さにはもっと深いわけがあるのかもしれませんね。
もしかしたら日本史上に登場する名前や家名は、12支族やヒッタイト人と関連しているのでは・・・という気がしてきました。

Posted by オクト at 2010年05月23日 21:41
十と月を足して[有]なるほど…ですね!

ユダヤ教の成立はアマルナ改革からと見るのが適切だと思います。
偽アカシックはユダヤ―キリスト教、日本ではユダヤ人の日向族とユダヤ人原始キリスト教徒の秦氏を軸として形成されていきました。
イエスと12使徒は、太陽と12宮の星座ですね。
出雲族(鬼)が鉄工民族である以上、ヒッタイト人とは切り離して考えられないですね。
日立―ヒッタイト…ビンゴですね!
日本史上に登場する家名は12支族やヒッタイト人と、言語や家紋で共通点が多いようです。
Posted by 夢蛇鬼 at 2010年05月24日 13:39
1934年に日産コンツェルン創始者の鮎川義介がユダヤ難民の移住計画である河豚計画を提唱。(Nissanはユダヤの過越の月ですね) 第二次世界大戦後、旧日産コンツェルン系企業は再結集し、日産・日立グループと呼ばれる企業グループを形成している。

日立はユダヤ寄りではないですか?「世界不思議発見」(日立がスポンサー)で、アメンホテプ4世やツタンカーメンをよくやるようですが。

2ちゃんねるやユダヤ陰謀論などの、日本の反ユダヤ工作員はどういった勢力でしょうか?縄文人ですか?出雲人ですか?
Posted by Mio at 2011年04月19日 01:23
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