2010年05月21日

アレキサンダーと牛頭天王のルーツと雷神スサノオの本名

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前にも紹介したが、奈良県天理市布留(フル)町の布留山の北西麓に鎮座する石上神宮に、その秘密が隠されている。
石上神宮は「布都御魂大神(フツノミタマノオオカミ)」を主祭神とし、その他の配祭神の中で重要な2神が「布留御魂大神(フルノミタマノオオカミ)」と「布都斯魂大神(フツシミタマノオオカミ)」である。
社伝によると、神武東征において建御雷神(タケミカヅチ)が神武天皇に与えた剣と、その霊威を「布都御魂大神」と称える。
神武天皇を「スサノオ」とすると、建御雷神は「スサノオの父」と考える事が出来る。

『古事紀』では、スサノオを「建速須佐之男命(タケハヤスサノオノミコト)」と表記するが、両者が頭に「建」を冠することから、同族であることは間違いないだろう。
『日本書紀』では、タケミカヅチと共に経津主神(フツヌシノカミ)が降臨したが、『先代旧事本紀』では、経津主神の御魂の剣が「布都御魂」であるとしている。
『古事記』でも、タケミカヅチの別名を「建布都神(タケフツノカミ)」「豊布都神(トヨフツノカミ)」として、タケミカヅチとフツヌシを同一神として扱っている。
やはり、石上神宮の主祭神「布都御魂大神」の正体は、スサノオの父「フツ」なのだ。

『タケミカヅチ=タケフツノカミ=フツヌシノカミ=フツ=スサノオの父』

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「布留御魂大神」は、ニギハヤヒが持っていた十種神宝と、その起死回生の霊力を神格化したものである。
という事は、「布留=フル」という名称は、ニギハヤヒが先祖の「沸流」から継承したものだと分かる。
アリオンによれば、スサノオの第5子であるニギハヤヒの本名は「トシ」である。
これは、記紀でスサノオの子として登場する「大歳神」又は「大年神」と一致する。

『布留御魂大神=フル=ニギハヤヒ=大歳神(大年神)=トシ=スサノオの第5子』

そして、スサノオが八岐大蛇を退治した十握剣の霊威を「布都斯魂大神」として祀られている。
つまり、「布都斯魂大神=スサノオ」で、スサノオの名前は「フツシ」だったのだ。
加治木氏の研究により、スサノオは「ソナカ王家」だった事が判明した。
そうすると、朱蒙や辰王や上伽那王も、必然的に「ソナカ王家」という事になる。

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加治木氏は著書『日本国誕生の秘密はすべて「おとぎ話」にあった』(徳間書店)の中で、次のように説明している。

――ソナカは任那(ミマナ)・意富加羅(オオカラ)・新羅(シラギ)の王子と『日本書紀』の[崇神・垂仁両紀]に書かれていますが、それらは四〜五世紀にできた国々で卑弥呼当時にはありませんでした。
彼は一体どこからきたのでしょう?
ミャンマーから東南アジアにかけて、非常に大きな仕事をなしとげ、彼の名とぴったり同じ名をもったソナカ王子という人がいました。
このお話はあのアレクサンドロス大王のインド東征にまでさかのぼります。
アレクサンドロス大王がインド西北部を占領して戦勝祝賀式を挙げたときマカダ国王に任命されたチャンドラグプタは、たいへんな名君になり国を繁栄させて、アレクサンドロスの死後、
ペルシャ皇帝になったセレウコスの王女を妻に迎えました。
その孫が有名なアショカ王なのです。
王は戦争に明け暮れたあと悟りを開いて、世界平和を願って仏教を全世界に広めようと思いたち、四方に大掛かりな「宣布団」を派遣しました。
西はギリシャ、エジプトまで行きましたし、北はヒマラヤを越えてタクラマカン砂漠周辺のカロライナ=楼蘭などまで、東はミャンマー、タイ、ベトナムから台湾までを仏教の国々に変えて行きました。
出発は紀元前244年でしたから、卑弥呼の時代に到るまでにその王位は次々に子孫に受け継がれ変わりましたが、その姓はずっと「ソナカ」で変わりなく、少女卑弥呼を追って日本列島へやってきたソナカは、その王家の王子だったのです。
その名はいろいろに当て字されて幾人もの天皇の名前になっています。
「崇神天皇」は、御真木入彦という名乗りですが、「御」は沖縄語では「ウ」、「真=シン」で「ウシン」ですが、これは南九州語では「牛の」です。
それに「木」がついて「ウシキ」です。
牛は朝鮮語で「ソ」、「の木(コ)」は沖縄語で「ナカ」になります。
「アリシチ」も「入彦=イリヒコ」と合います。
沖縄語では<ア>が<イ>になります。
<ヒ>と<シ>が入れ替わるのも鹿児島や関東語のくせです。
また沖縄では<キ>を<チ>と発音しますから「木」と書いてあると「チ」と発音しますし、鹿児島では木は「コ」と発音します。
だから<アリシチ>と<イリヒコ>は同じなのです。
仲衷天皇の名乗りはもっとよくわかります。
「足仲彦」です。
この天皇の妻が有名な神功皇后ですが、その名乗りは「息長帯姫」です。
この二つをよく観察しますと、<足>と<息>はどちらも「ソク」、<仲>と<長>は「ナカとナガ」で、平安時代の清音なら同じ「ナカ」です。
これを別々の名と見るより、夫妻は同じ姓だったと見るのが良識というものでしょう――


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という事は、フツの子のスサノオの本名は、「ソナカ・フツシ」だったかも知れない。
「フツ――スサノオ(フツシ)――トシ(ニギハヤヒ・フル)」は、アリオンが示すスサノオの親子3代である。
実際に、石上神宮では、この3神をスサノオの親子3代であるとしている。
飛鳥氏は「多次元同時存在の法則」を用いて、この3神を「同一神」と見なしているが、これは間違いだった事になる。
本来の「スサノオ」の意味は、「スサの王」の継承者という肩書きであり、アレクサンドロスをはじめ、アショカ王や朱蒙、フル、フツ、ニギハヤヒも「スサノオ」だと言えるが、決して同一人物ではない。

事実、朝鮮半島から渡来した「スサノオ」は、アリオンのいう「スサノオ」の先祖であった。
島根県出雲市には「須佐」という地名がある。
ペルシアのスサの王の継承者はインドの「アショカ王」であり、アショカ仏教の「ソナカ王家」が朝鮮半島から出雲に上陸して、「須佐の王」と名乗ったのだろう。

平安時代以前、「神宮」と名の付く神社は「伊勢神宮」と「石上神宮」だけだっただけに、如何に重要な神社であるかが考察できる。
石上神宮には「スサノオ」、伊勢神宮には「アマテラス」という皇祖夫婦神が祀られていたのである。
また、伊勢神宮の古名「磯宮」と「イソノカミ」との関連性も指摘されている。
そして、イソ・イセ・イシの語源は、イスカンダル(アレクサンドロス)にあり、究極的にはシュメールの「五十柱の神」とも無関係とは思えない。

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話を少し戻すが、建御雷神の「ミカヅチ」は、文字通り雷の意で、タケミカヅチの降臨は「落雷=ルシファーの天界追放=スサノオの高天原追放」に通じる。
今まで見てきた通り、世界神話に登場する牡牛神は「雷神」であった。
また、「ニギハヤヒ=大年神」の「年」は稲の豊穣を意味し、穀物神とされている。
前にも述べたが、ここでも「雷と稲」の関係が表されている。
ニギハヤヒ自身にも「賀茂別雷命」という別名があり、雷神でもあるのだ。
ちなみに、アレクサンドロスは英語名で「アレキサンダー」と発音するが、「エレキサンダー」と発音すると「電雷」となるのは、日本語の面白い偶然である。

京都の祗園にある八坂神社の主祭神である「スサノオ」のルーツは、高天原を追放されたスサノオが降臨した新羅の「ソシモリ=牛頭山」で、それは古代朝鮮語で「牛頭」を意味し、韓国のソウルもそれを語源としている。
シュメール語で「牛頭」は「ウル・サグ」で、武人の意味も重複しているらしい。
朝鮮半島に於ける牛頭天王の直接的なルーツは仏教教典に登場する祗園精舎の守護神だが、更にそのルーツが、アレクサンドロスにある事は確かである。

『スサの王=牛頭天王=スサノオ』

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そして、上伽那王(ウガヤフキアエズ)の語源が、ギリシア語の「天地支持者」を意味する「ウ・ガヤ・フォーキス」だという鹿島説。
やはり、ペルシャからパミール高原、インド、東南アジア、中国、朝鮮を経由して日本に伝播した伝説である事は間違いないだろう。
その「牡牛神」のルーツは、ギリシア神話の最高神「ゼウス」、更にはカナン・フェニキア神話の「エル」「バアル」、バビロニア神話の「マルドゥク」、そしてシュメール神話にまで遡る。
アレクサンドロスは双角王と呼ばれ、ヴァイキングは2本角の戦闘帽、戦国時代の兜も三日月型の2本角で、「牛頭と戦」は切っても切れない関係にある。

龍は蛇と牛の合成神ゆえに2本角があり、バビロニア神話のイシュタルをルーツとするエルの妻神「アシュタルト」は、牡牛の角を持つ女神で、蛇の姿で表現される事もある。
龍神のルーツもシュメールに行き着くが、蛇は「水神」で、牛は「火神」に結び付き、両者のフュージョンによって「火水=神」となる。
『漢書』によると、辰王の「辰」には、「ふるう」という意味があるが、これが「フル」の語源である可能性もある。
後に、想像上の動物である「龍」が当て嵌められたらしいが、牛頭天王であるスサノオは、同時にルシファー(龍)でもある。

同様に、八岐大蛇で喩えられる卑弥呼は、アレクサンドロス(ツルカルナイン)の名を継承する鬼姫であった。
既に発表した通り、牡牛神にも龍蛇の要素があり、龍蛇神にも牡牛の要素がある。
が、出雲族が「牡牛」で日向族が「龍蛇」をトーテムとしていたとすると、両者の統合によって「火水」の力が発揮されると言えよう。
この事は特に重要である。
さて、「辰」が「秦」を語源とすると同時に、「フル」の語源となっている可能性があるが、更にその起源があるとすれば、それは……。
posted by 夢蛇鬼 at 13:02| Comment(6) | 伝説の世界天皇と王位争奪戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
石上神宮のご由緒書きが手元にありますが、

布都御魂大神(ふつのみたまのおほかみ)・・・神武天皇御東征のおり国土平定に偉功をたてられた天剣平国剣(くにむけのつるぎ)を崇める

布留御魂大神(ふるのみたまのおほかみ)・・・鎮魂の主体である天璽十種瑞宝(あまつしるしとくさのみづのかんだから)の起死回生の霊力を尊ぶ

布都斯魂大神(ふつしみたまのおほかみ)・・・素盞鳴尊が八岐大蛇を退治せられた天羽々斬剣(あめのはばきりのつるぎ)の威霊を称える

総称として石上大神(いそのかみのおほかみ)となっています。

稱言(たたへごと)として

布都御魂大神 布留御魂大神 布都斯御魂大神と
大御名(おほみな)は称え奉りて 石上大神
大神大神稜威赫灼尊哉(みいつかがやくたふとしや)
大神大神稜威赫灼尊哉
大神大神稜威赫灼尊哉

「赫く」の赤が物部の赤という感じですね。
すごい霊圧です。
Posted by オクト at 2010年05月21日 20:53
布都御魂大神(ふつのみたまのおほかみ)・・・神武天皇御東征のおり国土平定に偉功をたてられた天剣平国剣(くにむけのつるぎ)を崇める

これ、凄くポイントだと思います。
また、赤鬼で象徴されるように、赤はスサノオの象徴色ですが、物部も受け継いでいましたか!
Posted by 夢蛇鬼 at 2010年05月21日 22:34
そなかふつしちゃんですか
Posted by エベェン・シティア at 2011年11月26日 10:55
スサと諏訪に関連性はあるかな? 
Posted by エベェン・シティア at 2011年11月26日 11:02
エベェン・シティアさん、初めまして。
諏訪は出雲族の亡命地らしいので、スサと霊的因縁はあるかも知れませんね。
Posted by 夢蛇鬼 at 2011年12月05日 03:59
妄想もここまで来ると立派な文献に見えてくる
Posted by at 2014年07月16日 18:15
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