2010年05月07日

世界最大のミステリー「遊牧騎馬民族イスラエル10支族とユダヤ人」の謎

【紀元前722年】北イスラエル王朝がアッシリアに滅ぼされ、イスラエル10支族はバクトリア(メディア)方面に移された。
その後、 「イスラエル10支族」は歴史の表舞台から姿を消してしまった。
彼らはバクトリア地方に留まり、アッシリア人などの他民族と同化して、民族性を失ってしまったのだろうか。
紀元1世紀のユダヤ人歴史家フラビウス・ヨセフスは、著書『古代ユダヤ誌』の中で、次のように記している。
「10支族は今でもユーフラテス河の彼方におり、膨大な民衆となっている」

「膨大な民衆」といえば中国だが、中国に限ったことではなく、地名が特定されていないので、ユーラシア大陸一帯を指していると考えて良いだろう。
だが、それなら10支族は「失われた民族」とは言えない。

51Z2hVfhs8L.jpg

飛鳥昭雄氏は、著書『失われたイスラエル10支族「神武天皇」の謎』で、次のように推理している。
「少なくとも紀元1世紀までは、失われたイスラエル10支族の別動隊は存在した。
ユーフラテス河の北方、東方に、膨大な数となって存在した。
しかし、不思議なことに、当時の歴史をいくら調べてみても、自分たちがイスラエル10支族の末裔であると名乗っている者がいないのである。
ひとつの民族として、イスラエルと名乗っている連中は存在しないのである。
なぜか。思うに、彼らは、すでに自分たちがイスラエル10支族の末裔であることをとうに忘れていたのではないか。
とうの昔に、自分たちのルーツを忘れてしまっていたのではないだろうか。
だとすれば、いくら探しても、自称していない以上、イスラエルの名をみつけることはできない。
つまり、失われたイスラエル10支族の別動隊は、すでに別の民族名を名乗っていたのである。
では、いったい、彼らの新しい民族名はなんだろうか……」


アマテラスの母イザナミの出身地と考えられているアフガニスタン、そして中国、インドなどでも「イスラエル10支族」の末裔が発見されている。

飛鳥氏の仮説は次のように続く。
「地図を広げて、よく見てほしい。
メソポタミアの北方には、広大なユーラシア大陸の大平原が広がっている。
そこに住む人々は、みな遊牧民である。
イスラエル10支族とまったく同じ遊牧民である。
彼らは、こうした北アジアの大地を彷徨する遊牧民となっていたのではないだろうか。
それも馬で駆けめぐる遊牧騎馬民族になっていたのではないだろうか!!」


d0117645_023150.jpg

そもそもイスラエル民族は、羊や山羊、牛馬を飼い、馬に乗って戦争する騎馬民族だった。
これはヒッタイトの影響があったのだろう。
そして、ヒッタイトの末裔としか思えない「スキタイ族」について、飛鳥氏はこのように書いている。

「失われたイスラエル10支族の別動隊の行方を知る上で、忘れてはならない民族がいる。
紀元前7〜3世紀の北アジアを駆けめぐった騎馬民族スキタイである。
スキタイ族は世界最古ともいわれるアーリア系騎馬民族で、本拠地は黒海北岸。
ギリシアやペルシア文化に非常に近いものをもっていた……
幾度となく繰り返されたスキタイ族の侵入に、アッシリア帝国も徐々に国力を落としていく。
とくに、アッシリア帝国の末期には、かなりの頻度でスキタイ族はやってきたらしいことがわかっている。
当然ながら、イスラエル10支族も、スキタイ族のことは知っていた。
十分すぎるほどに承知していたに違いない。
ここで、ひとつイスラエル10支族の立場になって考えてほしい。
彼らにとって、スキタイ族は敵には違いない。
だが、アッシリア帝国については、利害は一致していた。
戦略的に見て、両者が同盟的な関係を結んだとは考えられないだろうか。
騎馬民族というのは、一般的に民族の違いに固執しない。
騎馬民族同士の同盟や連合は日常茶飯事である。
しかも、自分たちの政策を受け入れるなら、どんな民族でも吸収してしまう。
懐が深いといえばいいのだろうか。
農耕民族との違いは、ここである。
騎馬民族は、まさにコスモポリタンなのだ。
一般的にスキタイ族はアーリア系であるといわれているが、実際は非常に多くの民族からなっていた。
チンギス・ハーンのモンゴル帝国内では、モンゴル族以外にアーリア系白人をはじめ、中国の漢民族、そしてセム系のユダヤ人まで存在した。
よく騎馬民族をチュルク系、モンゴル系、スキタイ系などと区分するが、実際は、その境界は非常に曖昧である。
使っている言語も、ほとんど同じ。
混血により、人類学的に明確な区別がない。
その意味で、スキタイ族と失われたイスラエル10支族の同盟、もしくは合流があったことは十分考えられる。
しかも、興味深いことに、異民族支配下のイスラエル人は、必ずといっていいほど、国家中の重要なポストに就く。
エジプトの宰相になったヨセフ、同じくエジプトの貴族だったモーセ、アケメネス朝ペルシアの宰相だったモルデカイ、新バビロニア王国でネブカドネザル大王の側近だったダニエルなど、その数は非常に多い。
いや、必ずといっていいほど、支配者の近くには、イスラエル人が存在する。
騎馬民族の場合、有能な人物は積極的に登用する。
血縁関係というよりも、能力主義である。
スキタイ族のなかにも、重要なポストについたイスラエル10支族が存在したのではないだろうか。
そして、やがて、ヒエラルキーを登り詰めたイスラエル10支族は、自分たちの騎馬民族を組織するまでになったのではないか」


np-01-kiba.jpg

「イスラエル10支族」は、ギリシアやペルシアの文化を持つ「スキタイ族」と同化したことは間違いないだろう。
モンゴル族の前身とされる「匈奴」もスキタイ族の一派だと考えられているが、飛鳥氏は次のように述べている。
「紀元前3世紀ごろ北アジアに生まれた匈奴は、まさにユーラシア大陸を縦横無尽に駆けめぐる。

西は朝鮮半島、中国の中原にまで侵入し、東はヨーロッパ全土を駆け抜け、ゲルマン人の大移動を誘発、西ローマ帝国を滅亡に追いやったかと思うと、さらに、スカンジナビア半島にまで至る。
西洋では匈奴を『フン族』と呼ぶ。
北欧のフィンランドとは、何を隠そう『フン・ランド』であり、東欧のハンガリーは『フン・ガリア』なのだ!!
そのため、騎馬民族の侵入のあったハンガリーの『ハンガリー語』、そしてフィンランドの『フィンランド語』も騎馬民族の言語と同じ語順である。」

では次に、一方のユダヤ人の歴史を見てみよう。

【紀元前586年】南ユダ王国がバビロニアに滅ぼされ、バビロンの捕虜となった。
【紀元前538年】アケメネス朝ペルシアがバビロニアを滅ぼしてユダヤ人を解放し、多くのユダヤ人がペルシアに仕えた。
【紀元前334年】マゲドニアのアレクサンドロスがペルシアを征服し、 「ペルシアの王位継承者=スサの王」を名乗った。
両者共にギリシア系でヒッタイト系騎馬民族の末裔だが、この時に「アレクサンドロス軍」と「スキタイ族」が合体したと考えて良いだろう。
忘れてはならないのが、その中に「ユダヤ人」が含まれている事である。

4MNG000H0001.jpg

そして、秦始皇帝の正体がギリシア人「ディオドトス」だったという説を紹介したが、水上涼氏は「日本人とユダヤ人の秘密」で、次のような説を紹介している。

「始皇帝の宮廷にいた、漢文を駆使することができ、オリエント諸国の歴史にも通じていた特殊技能者は[儒]と呼ばれていたが、それはジュウを意味すると鹿島氏はいう。
彼らこそ東洋における史書偽造のプロであった。
彼らの身元は、ペルシアに解放されたが、そのままペルシアに仕えたバビロンの虜囚の子孫か、またはアレクサンドロスの軍に加わったユダヤ人のどちらかである……
鹿島氏は、始皇帝の正体はグレコ・バクトリアの知事だったディオドトスだというのだが、のちに日本に来た子孫たちから判断するとユダヤ人だったらしい。
始皇帝がしきりに山へ行って犠牲を捧げるところは、ユダ族よりイッサカル族を連想させるのだが、彼については奇妙な伝承が伝わっている……」


duntitled.bmp

ユダ族かイッサカル族かは別として、ディオドトスがユダヤ人だった可能性と、山岳信仰を示している。
ペルシアを征服したアレクサンドロス軍は、バクトリアからシルクロードを経て長安に至り、洛陽を建設した後、紀元前328年、更にインド西部までをも征服した。
アレクサンドロスの死後、オリエント一帯の広大な大帝国は、アケドニア、エジプト、ペルシアに分裂し、セレウコスがペルシアを引き継いだのだが、水上涼氏は次のように述べている。

「セレウコス朝ペルシアの領土は、ティグリス河、黒海、インドに接し、東方はバクトリアまでの領土と従来は考えられていたが、いまでは、アレクサンドロスの遺産として、中国という大きな植民地を継承していたとみなさなければならない。
おそらくその中国、いやシナイとのかかわりを合わせてシナと呼ぼう――は、ベトナムやマレー半島まで含まれていたのであろう。
今日でもマレーシアやインドネシアにはイスカンダル(アレクサンドロス)という名前の人はいるのだ」

(日本人とユダヤ人の秘密)

pic4_alexander.jpg

また、鹿島説では、以下のようになっている。

【BC246年】ディオドトスがペルシア軍団を率いて中国制覇に乗り出す。
【BC239年】大夫余にいたウガヤ42代「解慕漱(ヘモス)」が満州へ逃れ、北扶余王朝を建国。
【BC230年】ギリシア人の将軍エウチデムスがクーデターを起こし、ディオドトス2世を追放してバクトリア王となり、ヒンドゥークシュ山脈一帯を支配。
【BC221年】ディオドトスが中国を統一して秦帝国を建て、始皇帝となる。

話を要約するのは難しいが、民族合流の流れから「天孫族=アマ族」が形成されたことが分かる。
アマ族がモンゴロイド系とオリエント系から成るのは、その為である。
大雑把に言えば、彼らはギリシア系とイスラエル系のハイブリッド民族で、その他、エドム人、フェニキア人、カナン人、ペルシア人、エジプト人、インド人……等が含まれている事は、間違いないと思われる。
それは、いわば「ヘレニズム」と「ヘブライズム」の融合とも言えるだろう。
posted by 夢蛇鬼 at 01:00| Comment(3) | 出雲族のルーツと神道の起源 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ちょっとしたことに気づくだけで、あなたの月収は最大2倍になります。公開期間を限定しておりますので、今すぐチェックしてください
Posted by 過去最高記録更新中!何もしないでなぜ儲かる!?秘密の方法を限定公開中。今すぐクリック! at 2010年05月07日 09:58
なるほど「儒」=Jewですか。
史書を偽造する明確な目的があったのでしょうね。
ユダヤ人が優秀なのはカバラを操るからじゃないのですか。
ブレジンスキーの簿記を操るものは世界を制すると同義だという気がします。
法治国家であるなら「法を守らない者は法からも守られない」のですが、神を守らない者は神からも守られません。
支配者が安定的な統治のために彼らを用いるのは当然というか、彼らくらいしかノウハウを持っていないからだという気がします。
Posted by オクト at 2010年05月08日 20:18
簿記を操るものは世界を制する・・懐かしい言葉ですね^^
神仙組2でオクトさん、よく言ってましたもんね!
簿記を操って下さい・・・
Posted by 夢蛇鬼 at 2010年05月09日 05:55
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。