2010年05月05日

「イスラエル民族」の二重構造と「ヘブライ人」の正体

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世界各地に「失われたイスラエル10支族」の血を引く民族が発見されているという事だが、なぜ日本人の血液に対してはそのように発表されないのか。
また、誰がどのようにして、失われた古代民族の血液の特徴を知り得たのか。
もっとも、「血を引く」というのは特徴や風習などの一表現で、血液検査によるものではない可能性はあるが……。

しかし、イスラエル10支族の末裔とされるアルザル人の染色体「YAP(−)因子」が、東アジアでは日本人にしか見られないというのは非常に考え辛い。
これは徳島大医学部教授らの研究チームの発表で、不規則な分布をしていることは明らかとなっているが、普通に考えて、イスラエル10支族の血を引く人々は、韓国・朝鮮・モンゴル・中国・台湾等にも、無数に存在するはずである。
また、YAP(−)因子が、「失われた10支族」の遺伝子の特徴だと断定できる根拠は何だろうか。

実は、イスラエルの「アミシャーブ」という特殊機関の調査により、イラン・インド・アフガニスタン・中国・ミャンマー・南アフリカなど、世界中でイスラエル10支族の末裔が見つかり、その証拠が発見されているという。
彼らの遺伝子から、イスラエル10支族の特徴を掴んだのだろうか。
しかし、冷静に考えれば、共に「ヤコブ」を祖とする同民族「イスラエル12支族」に、血液やDNAに大きな違いがあるはずがない。
また、イスラエル民族は多民族との混血が少なくなく、それによるDNAの変化はあったにしても、「2支族」と「10支族」に二分化されるようなDNAパターンの変化は考えられない。

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『ユダヤ人と日本人の秘密』の中で、水上涼氏は「日ユ同祖論」について、このように指摘している。

「日ユ同祖論の不合理なところは、読者も最初からご存知のはずだ。
無人島であった日本列島にユダヤ人が流れ着いて、子孫を増やして日本人となったなどと信じる者は一人もいない。
アイヌ、ツングース、モンゴリアン、そしてポリネシアンで構成された祖先の中に、わずかなユダヤ人が混ざったようなことがあったとしても、なぜ日ユ同祖論を唱えなければならないのか?
しかし、その論が古くから執拗に繰り返されてきたのは、天皇家はユダヤ系という信念のようなものがあったからだ」

「日ユ同祖論の根底には、ハルマゲドン・コンプレックスとでもいうべきものが横たわっていることを忘れてはならない。
明治以来の日本の日ユ同祖論者たちが狂気に陥ってしまったのは、キリスト教に接触したからでもあった」

「それは、はじめから深い狂気にとりつかれていたのだ。
歴史学上の問題からまったく逸脱して、日本人とユダヤ人はどちらが正統かという主導権争いめいた論議になったり、日本人とユダヤ人とは、世界を救う大使命を担っているのだという誇大妄想狂的な心情になったりする。
それは、日ユ同祖論者たちが歴史学者ではなく、いわば牧師だったからだ。
小谷部全一郎、酒井勝軍、川守田英二氏らは、みなアメリカに留学してキリスト教の牧師になることを志した人たちであった」


水上氏は次のようにも述べている。

「日ユ同祖論を考える上で念頭に置かなければならないことがある。
それは、中東からユダヤ人だけが抜け出して日本にやって来たというわけではない、ということだ。
古代文明はシュメールで始まり、エジプトやインドに影響を与え、ここから東への貿易は盛んに行われていた。
したがって、その他の重要な民族も日本に来たわけであり、それらから日本民族が起こったと論じる者もいる」

「エルサレムの先住民族で、富を誇っていたエブス人は、関西地方でエベス様を信仰し、えびす市をたてたりしている人たちの祖先である。
イスラエル十二部族はヤコブから分かれたのだが、そのヤコブの双子の兄弟とされたエドムは、日本では出雲神族となっている。
そこで私はエジプトからカナンにかけて、イスラエル民族活躍の舞台として聖書に描かれた地『バイブル・ランド』全体に日本人の一源流を求めた。
事実、ここにいた民族の多数が、やはり日本に来ていたのであった。
したがって日本は第二のバイブル・ランドであり、我々は選民思想臭のつきまとうイスラエル十二部族の裔というよりも、バイブル・ランドの民といったほうがよりふさわしい」


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神官だった三島敦雄氏は「天孫人種シュメール人説」を主張し、社会主義者だった石川三四郎氏は「日本人ヒッタイト起源説」を提唱し、徳政金吾氏は「日本人エジプト起源説」、酒井勝軍氏は逆に「エジプト・ピラミッド日本人建造説」を唱え、木村鷹太郎氏は「日ギ同祖論」で、中央アジアの民族が地中海やインドへ移動し、後に日本人とギリシア人に分かれたと仮説をした。
いずれにしても、多民族が古代日本列島に渡来した訳だが、彼らはそれ以前から混血を繰り返してきた事は間違いない。

『創世記』には「エサウ(エドム)は四十歳のとき、ヘテ人(ヒッタイト人)とベエリの娘ユデテとヘテ人とエロンの娘バスマテとを妻に娶った」とあり、ヒッタイトとエドム(出雲)の親密性が窺える。
それは「出雲族」の「製鉄」と結び付く。
ヒッタイトは同時に、エドムの兄弟「ヤコブ」から誕生したユダ族とも混血している。
また、ユダ族のソロモン王はエドム人と同盟を結んでいた。
その為か、 「ソロモンの言葉」と出雲族の「スサノオの歌」が一致している。

これは木村鷹太郎氏の発見で、前にも紹介したが、ソロモンは次のように言った。

「主は日を天に置かれた。
しかも主は自ら濃き雲の中に住まおうと言われた。
わたしはあなたのために高き家、とこしえのみすまいを建てた」


スサノオも出雲で宮殿を建てた時、雲が湧き起こっている。

「八雲たつ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」

木村氏によると、「八雲=ヤコブ」「出雲=エドム」らしい。

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水上氏は次のように述べている。

「イスラエルの他の部族から仲間外れにされたユダ族は、異色の存在であり、他の部族がシュメール的、アジア的、エジプト的要素をもっていたのに比べ、コーカサス的要素を多く持っていたのかも知れない。
そもそもユダヤ人というのは、民族学上のではなく宗教上の概念なのではないのか?
そしてユダ族はヒッタイト系だという、我々の祖先がした分類は間違いではない。
あれほど周囲の民族に罵声を投げつけていたユダヤ人も、自分たちが混血民族であることは認めないわけにはいかなかったのだ」


ユダ族のエゼキエルも次のように言っている。

「主なる神はエルサレムにこう言われる。
あなたの起こり、あなたの生まれはカナン人の地である。
あなたの父はアモリ人、あなたの母はヘテ人である」


また、イスラエル民族の中には、ヤコブがエジプト人に生ませた子の子孫たちも混ざっている。
『旧約聖書』の「エステル記」では、古代ペルシアのスサが舞台となっている。
イスラエル民族は時を経て、ヒッタイト系の末裔と思われる「ギリシア」「マゲドニア」「ペルシア」等の、古代オリエントで活躍した騎馬系アーリア民族や、北東アジアのセム系モンゴロイド等と融合していった。

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さて、ここから本題だが、先に「イスラエル12支族に血液やDNAの違いがあるはずがない」と述べたが、水上氏は「イスラエル民族の二重構造」を指摘している。

――あなたは「イスラエル人とヘブライ人は別人種」と聞かされて何と思われることだろうか。
今日、この二つは同意のものとされている。
ではなぜ、旧約聖書では別のものとして扱われているのだろうか?
またなぜ、区別できるユダヤ人はいないのだろうか?
旧約聖書によると、イスラエル民族の始祖先はアブラハムなのだが、その子イサク、孫のヤコブと続き、ヤコブの十二人の子供たちがイスラエル十二部族の祖先となった、という構成になっている。
ところが、なぜそういう構成になったかを疑問に思うユダヤ人はいない。
それは、あとに述べるが、アブラハムとイサクとに共通するある伝説の意味を理解できないことからきている。
アブラハムは、今から四千五百年前ごろの人とされ、もっと時代を遡るかもしれないとユダヤ人は豪語するのだが、ローマ人によってエルサレムが滅ぼされてから、ヨーロッパに現れるまでのユダヤ民族史は空白であり、記録もなければ、伝承もない――


ヨーロッパのユダヤ人については後回しにして、続きを読んで頂きたい。

――アブラハム、その子イサクにまつわる共通の伝承で、聖書学習が理解できないでいるものは次の挿話である。
彼がゲラルに留まっていたとき、アブラハムは妻サラのことを「これはわたしの妹です」と言ったので、ゲラルの王アビメレクは、人を遣わしてサラを召し入れた。
ところが神は夜の夢にアビメレクに臨んで言われた。
「あなたは召し入れたあの女のゆえに死なねばならない。彼女は夫のある身である」
このようにアブラハムは、妻を妹だと言ったために、ひどいトラブルに巻き込まれたのだが、神によって無事に救われたのだった――


アブラハムは100歳の時にイサクをもうけたが、イサクについても同様のエピソードが「創世記」に記されており、水上氏は次のように推論している。

「この不可解な挿話の繰り返しについては、アブラハムとイサクがもっていた風習とみなすべきであろう。
その風変わりな風習は、我々の祖先もまた持っていた。
我々の祖先もまた自分たちの妻を吾妹と呼んでいたのである」


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そして、次のように結論付けている。

――「出エジプト記」によると、神はモーゼに
「あなたがたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である主」
と、ていねいに名乗っているのは、アブラハム、イサク、ヤコブはそれぞれ別の部族の伝説的族長だからであろう。
さらに「出エジプト記」33章には次のように書かれている。
さて、主はモーゼに言われた。
「あなたと、あなたがエジプトの国から導きのぼった民とは、ここを立ってわたしがアブラハム、イサク、ヤコブに誓って『これをあなたの子孫に与える』と言った地にのぼりなさい」
このように話がくどくなるのは、もともとアブラハム、イサク、ヤコブは別々の部族の伝説的族長で、子孫も別々だからである。
シュメールの年代記記述法にあったが、横に併存しているいくつかの王朝を縦の系譜につなげて国内の統一をはかるという方法が、聖書でもとられていたのだ。
もっともその三つの民族が同時にカナンに入ったとは考えられないので、到着順が縦の系譜になっているのかも知れない。
このようにイスラエル民族は、妻を妹と呼ぶ風習のあるアブラハム、イサク族と別のヤコブ族との二重構造になっていた。
おそらく前の二部族が失われた部族につながるもので、ヘブライ人であり、ヤコブ族がイスラエル人と考えてみたい。
「創世記」ではただ一回の例外を除き、ユダヤ人すべてがヘブライ人と呼ばれており、イスラエル人という呼び名が現れるのはエジプト脱出以後のことである。
どうやら、ここからさまざまな二重構造が生み出されてきているようだ。
ここからわかることはヘブライ人の重み、いわば大物さで、我々にとっても関心を呼ぶところだ。
というのも、ヘブライ人の語源はイブリーなのだが、神代文字(漢字渡来以前にあったとされる文字。
各種古史古伝は神代文字で記述されたとする)の一つアビル文字は、失われた部族であるイブリーの文字だったのではないか、と私は考えている――


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この水上説を一笑することは出来ない。
遊牧民だったアブラム(アブラハム)の一族は、「移動する人々」の意で「ハビル人」と呼ばれていた。
シュメール王国の首都ウルから出発したアブラム族は、パレスチナ地方、そしてエジプトへと移動し、ユーフラテス河の対岸から来た人の意で「アビル人」と呼ばれ、それを語源として「ヘブル人」と呼ばれるようになった。
これが俗に言う「ヘブライ人」という民族の真相である。
勿論、ヘブライ人はイスラエル民族の一部であり、多民族との混血も重ねられてきたに違いない。
彼らが日本に渡来した経緯は順を追って検証していくが、次は「ユダヤ人」に焦点を絞ってみたい。
posted by 夢蛇鬼 at 00:30| Comment(2) | 出雲族のルーツと神道の起源 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
バイブルランドの民ですか。
『乳と蜜の流れる地』という響きを妙に懐かしく感じます。
鼻腔の奥から脳にかけて眠る古い記憶が呼び覚まされそうな気になります。
肥田式呼吸法も体に眠る記憶に浸らせる効果があるのかもしれませんね。
記憶・・・・取り戻したいですね。
今ならDNAのすべての情報を随意に取り出せたとしても、アイデンティティが崩壊しない自信が・・・あります。
Posted by オクト at 2010年05月05日 21:18
肥田式呼吸法は脳波をシータ波に導くので、過去世の記憶を呼び覚ますことも理論的に可能だと思います。
Posted by 夢蛇鬼 at 2010年05月06日 00:33
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