2010年04月30日

インドから渡海した「出雲族=ソナカ仏教布教団」と「鬼道」の関係

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アリオンによれば、人類の進化を促し、真の繁栄に導くことを目的に、紀元前3〜2世紀、パミール高原を旅立った複数のアマ族のグループの内、2グループがインドを経由して、陸路と海路に分かれて日本列島を目指したという。
実は、これと良く似た話が存在する。
そう、天照大神が「ニニギ」と「ニギハヤヒ」を、高天原から天孫降臨させた話である。
だが、この神話の真相は加治木氏が解明している通り、「高天原(コー・オマ・ゲン)」=「熊毛」だった。

しかし、歴史は繰り返す……という事は、それ以前にも「天孫降臨」は起きたはずで、パミール高原からアマ族の2グループが熊毛地方に上陸した事が、それに当たると言えるだろう。
でも実は、アリオンの話に似ているのは「天孫降臨」の事ではない。
紀元前308年〜紀元前257年、アショカ王がインドの辺りから、東西南北に仏教宣教師団を派遣している。
その数、一方向につき、護衛の軍隊を含めて1万人にも及び、5年毎に会議を開いて報告させたことが、岩に刻んで記録されている。
西に向かったグループは、エジプトのアレクサンドリアで仏教を布教したことが、エジプト側にも記録が残っており、その他、シリア、マケドニア、チレニア、イピルス等の国々で布教したことが記録されている。
しかし、東に向かったグループの記録が残っていないらしい。

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だが、各国に散らばったグループの、部族名と行き先の記録は残っているらしく、加治木氏がそれを解読している。

――アショカ王が四方に派遣した人々の顔ぶれを見てみると、「アパランタカへ行ったヨナカ」というのがある。
これは中国で当て字したものを見ると「阿波蘭多迦」となっている。
この国名は「阿波」と「タカ」という名前の組み合わせが日本的でおもしろい。
それは別の字を使うと「芦原の高」(福井県に[芦原=アハラ]温泉がある)と書くこともできる。
また「ヤナカ・ロカに行ったマハーラッキタ」がある。
これも東京都の「谷中(ヤナカ)」と同じ発音だし、梁河・柳川といった当て字もできる。
「タムバ・パンニディーパへ行ったウッチヤ」というのもある。これは「丹波」に合う。
次が「スバンナ・ブーミーへ行ったソナカ」だ。
私たちの「ソナカ」とまったく同じ名の人がいるのである。
この「ロカとかディーパとかマハーラッキタ」とかいうのは、「世界、地帯、島、地方」といった意味のコトバであるから、ソナカ氏が行ったのは「スバンナ」というところだった。
これに「邪馬臺国」を見比べてみると「邪=ス」「馬=バ」「ン=の」「国=ナ」と、いかにもそれらしく見えるのである――


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――また他の当て字を使って「諏訪の国」と書くこともできるから、これは確かに日本のことだという気がするかもしれない。
しかしそう思うのは早合点で、この国はミャンマー(=ビルマ)のことだと分かっている。
だが「それでは日本と全然、無関係だ」と思うと、それもまた早合点なのである。
この「スバンナ」は、アショカ王やお釈迦様が使っていた古代インド語の「パーリ語」で、黄金という意味である。
これは日本が「黄金の国ジパング」としてマルコポーロに紹介されたことを思い出させる。
それは十三世紀のことだが、彼はその情報を中国人から聞いたのである。
その中国ではいつから日本と黄金を結び付けて考えていたのか分からない。
「こがね(黄金)花咲く」とうたわれた奥州は、まだ正確には分からないほど、もっと古くからの産金地だったからである。
同じ十三世紀に、暴風にあって沖縄へ流れ着いた九州の商人が写生したスケッチがあるが、その風俗は完全に、今ビルマからタイにかけて住んでいる「カリエン人」と同じなのである。
それはどちらも鉢巻きを左結びにするところまで同じだし、沖縄の婦人たちが、髪の毛を巻いて、一本のカンザシで止める、あの風俗もまた共通なのである。
……だからソナカ氏一行が、ビルマからマレーに、そしてインドネシアにと、足をのばして日本まできた可能性は、いよいよ強くなってきた。
なぜなら卑弥呼の「鬼道」は「シンドゥ教」の要素が多分に入っているだけでなく、それ以外にソナカ氏がインド東方に広めた仏教や、そのほかの宗教の要素らしいものまで、また多分に入っているからである――


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やはり、ソナカ(スサノオ)はインドから日本に来ていたのだ。
だが、これは紀元前3〜2世紀の話であり、卑弥呼(神功皇后)の夫のソナカ(仲哀天皇)の事ではない。

アリオンは言う。

「海路グループの族長は、スサノオの曾祖父、およびスサノオの父フツであった」

つまり、後にスサノオを生んだ部族「ソナカ王家=出雲族」が渡来したという事なのだ。
では、卑弥呼の「鬼道」の本当の正体は、一体何なのか。

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引き続き、『黄金の女王・卑弥呼』から抜粋したい。

―――純粋のインドのシンドゥ教は、今でもスリランカのタミル人が宗教戦争を繰り返すくらい神経質で、とても卑弥呼のように多くの宗教要素を「取りいれる」ことはありえない。
これは古代はもっとひどかったことが分かっている。
仏教はそれとは正反対に、シンドゥ教もギリシャの神々も取り入れた。
ガンダーラ仏を見ればお分かりのように、仏像はギリシャ文化の産物なのである。
とすれば卑弥呼の一見シンドゥふうの「鬼道」は、そのソナカ氏の「アショカ仏教」だったとしなければならなくなるのである。
というより彼女の夫がソナカという名をもっており、卑弥呼自身も神功皇后としての名乗りが「ソナカ・タラシヒメ」だったのだから、その「鬼道」と記録されたものこそ、ソナカ家が代々、インドより東方の国へ広め続けてきた「アショカ仏教」そのもので、なければならないことになる――


本当に「鬼道」は仏教だったのか、そして「鬼道」が神道になったのか……。
そうすると、神道の本質は「仏教」という事になるが……。
そして、「シンドゥ」の本当の意味は……。

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加治木の結論は次の通りである。

――「鬼道」がどんなものか大体分かったが、まだ疑問が残っている。
それは仏教とも神道とも、どうも様子が変わり過ぎていることだ。
それはインド発生か、それともヒミコの人種構成に見るように中東起源のものだろうか。
ひとつ日本以外の痕跡を調べてみよう。
先に倭と同じ「エンブダイ」からきたらしい名にだまされた「ジャワ・邪馬台説」を見たが、あそこはなにか教えてはくれないだろうか?
魏の次の晋が末期に余命を保った東晋王朝の時代、三九九年にインドへ旅してマカダ国へも行き、 『仏国記』をのこした中国の僧法顕は、仏教史上では最も有名な人物の一人だが、その『仏国記』の中にも、彼がその旅で実際に見た「ヤバダイコク=耶婆提国」が登場する。
これは名は邪馬臺国に似ているが、彼が記録した旅程と、その位置関係からみて、それが例の「ジャワ・邪馬台説」のヒントになった当時のジャバ国、現在のインドネシアのジャワ島のことだと、はっきり確認できる国である。
その国は、その当時「シンドゥ教国」で、仏教徒も少しはいたが、それはごくわずかだったと書いている。
これは前にお話したように、国の名前はもともと「ジャムブ・ディパ=中国の当て字=閻浮提(エンブダイ)」から、「ジャバ」になったものであった。
だが、この法顕の当て字では「ヤバ」とは読めても「ジャバ」とは読めない。
これは日本のほうも「ジャマダイ」から「ヤマダ」に変わったのと、全く同じ現象をみせている。
ここで少し読者の誤解をといておかねばならない。
それはシンドゥという名の本当の意味だ。
インドでシンドゥ教が、宗教として発展し定着したのは、ヒミコ時代よりずっと後の八世紀のことである。
そしてインドには宗教というコトバはなかった。
だから日本で、古代に呼ばれた「シンドゥ」も宗教名ではなくて、シンド人という「種族名」だったのである。
またジャワで「ジャバ」が「ヤバ」に変わった法顕の時代に、そこでは「仏教」はすたれて「シンドゥ教」になっていたように、倭国でも「鬼道」がすたれて「神道」に変わり、同時に「ジャマダイ」も「ヤマダ」に変わった、という相関関係がはっきり認められる。
ということは、ここで疑問になった「鬼道と仏教と神道の違和感」の原因は、 「神道」とは鬼道ではなくヒミコの後の「人種名」だったためなのだ。
鬼道は神道ではなかったのである……――


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私は過去、「日向族=ユダヤ人」「出雲族=失われた10支族」で、ユダヤ教が神道になったと仮説していたが、検討外れだったようだ。
だとすれば、「日ユ同祖論」も根本的な見直しが必要である。
だが、本当に無関係なのか。
その前に、世界各地に仏教布教団を派遣した「アショカ王」に迫ってみよう。
posted by 夢蛇鬼 at 14:00| Comment(4) | 出雲族のルーツと神道の起源 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
東に向かったグループの記録がないというのは、キリスト教の布教が東には為されなかったというのに似ていますね。
イエスという男の磔刑の後、ダマスコの奇跡によってパウロがイエスへの信仰に目覚め、原始キリスト教会を組織するまでの経緯も不可思議です。
イエスという死者が神の子として信じられるというのも奇跡というか、歴史の茶番だという気もしますが。

『神道』とは種族名ですか・・・・
アリオンのいうモノリスを想起させますね。
Posted by オクト at 2010年04月30日 15:17
神道はインドの語源「シンドゥ」で、ヒンドゥーも同じ意味です。
アマ族が日本にシンドゥ教(神道)をもたらした頃は、インドではまだヒンドゥー教は成立していなかったので、原始ヒンドゥー教と仏教の混合のようなものだと思います。
Posted by 夢蛇鬼 at 2010年05月01日 04:44
悪王子 夢蛇さん
こんばんは
shigこと谷田茂です

本年12月25日(予定)
大阪国際交流センターにて
「超古代文明は大阪湾に眠っている」
副題(世界四大文明はすべて浪速から伝わった)
国際シンポジウムを開催します

紀元前12000年
最後の氷期が終わり 摂氏50度を超えた
ポリネシア&ミクロネシアの王族たちが
目指したのは
大阪湾

その地にて「倭国」を設立
古代出雲王国=大国
のニギハヤヒが阿倍野の大王=安日彦(安日王)
の娘婿となった

「大」+「倭」=ヤマト

中国人は笑っちゃいますね
「邪馬台国」の「蛇」
「卑弥呼」の「卑」

今も「小日本」なあんて
誰が黄河文明を輸出したか、全然わかっていない

「中国6000年」新しいですね

邪馬台国=大倭=ヤマト=大和
卑弥呼=日巫女=天ウズメ=古典フラ・カヒコの踊り手

動画参照
https://www.youtube.com/watch?v=id8R1LGn7yU
これ
音を消してご覧ください

では

こころをこめて
shig/谷田茂
Posted by shig/谷田茂 at 2013年07月02日 03:13
先のコメント
において

「邪馬台国」の「蛇」
「邪」
Posted by 谷田茂 at 2013年07月02日 03:16
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