2010年04月28日

尼寺の拝み手「卑弥呼」と倭人の正体と日本建国の秘密

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いきなりだが、『黄金の女王・卑弥呼』より抜粋する。

――鹿児島湾に面した大根占(オオネシメ)という町がある。
鹿児島の方言は、大隅側は沖縄語の影響が強いとお話したが、この名は地元では「オニシメ」と発音されている。
これに当て字すると「鬼姫」という名ができる。
これは怖い名だが「鬼道」と書かれた卑弥呼の仕事と、何か共通する何でもある。
また広東語などの南中国語では、「倭人」を「オニ」と読む。
とすれば確かに卑弥呼も天照大神も神功皇后も、実名ともに「鬼姫」だったことはまちがいない。
皆、よろいかぶとに身を固めて、戦争をした記憶をもっているからである。
そしてこの地方では、幼児が夜遊びをしたり、いうことをきかないと、「ワンがくっど(ワニ=倭人が来るぞ)」といっておどかす。
いまもなお、潜在意識の下に、かつて倭人が攻めてきて上陸した記憶が残っているのである――


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『出雲風土記』の「因幡の白兎」の物語は、マレー半島の「鹿とワニの民話」をルーツとしているが、「ワニ」とは海人族の「倭人」のことではないだろうか。
因みに、インドにはワニを神聖な生物として飼育する寺院があり、船の守護神である海神の「金毘羅」は、ヒンドゥー教のガンジス川の神「クンビーラ」をルーツとしているが、それはガンジス川に棲むワニを神格化したものである。
また、パプア・ニューギニア、インドネシアなどに、ワニをトーテムとする部族がいる。

では、「倭」は何を意味するのか。
加治木氏によると、福建語で「倭」の上古音は「ウワイ」で、これは鹿児島の「上井」姓や中国の「優婆夷」と同じ発音で、インド語の「ウパシカ=女性仏教徒」の当て字だという。
「倭国」とは、女性仏教徒の国という意味だったのだ……。
だとすれば、卑弥呼の「鬼道」は仏教で、「天照大神」は仏教の神だったことになる。
加治木氏は、「アマテラス・大神」を「尼寺之・ウガン(拝み手)」という解釈も試みているくらいだ。

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『日本国誕生の秘密はすべて「おとぎ話」にあった』(徳間書店)には、次のように書かれている。

――台湾・沖縄を中心に宝貝貨幣を世界に供給して栄えた琉球。
その中核だったのが、<バビロン>から来たカリエン=和人=高麗人でした。
彼等は<エラム>出身者は永良部島といったふうに、故郷の名を新居住地に残しています。
それに続いてやってきたのがギリシャ人たちで、彼等はインド系の住民から「ヨーナ」と呼ばれて与那国島の名を残し、<アテナ>出身者は嘉手納(かてな)、<チラナ>出身者は知覧の名を残すというふうに、「地名文化財」を南九州から南西諸島の至るところに残しました。
その中でも最大のものが台湾で、「タイワン」というその名もギリシャ人が「タイナロン」として記録しているものの遺物だったのです。
その記録とは『ホメロス』[序章]にある彼等がそこへ到着したときの紀行叙事詩です。
「<マレア>なる岬の沖を過ぎ、<ラコニア>の沿岸を辿りたどりて漕ぎ進みしが、やがて四面環海の土地、歓喜の<ヘリオス>(日の大神)の国・<タイナロン>にぞ、着きにけり……」と書いてあります。
<ラコニア>は<六昆>で今のタイ国ですが古代には<ミャンマー>の<ヤンゴン>=ラングーン(六昆)までを含んでいました。
マレアの岬はマレー半島。
四面を海で取り囲まれた大きな土地は、その「タイナ」という名が示す通り「大・臺・台」の国(ナ・ロン)なのです。
<ヘリオス>の妻が本来ギリシャ神話の神々の女王「ヘラ」なのですが、これが「音を音で発音する沖縄語」で「ヒラ」と発音したものに「ヒ=日・ラ=国」と当て字したことから、名実ともに日の国・日本が誕生しました。
だから最初の「日本」はタイナロン=台湾で、古代ギリシャ人の命名によって生まれた国名だったのです。
これで明確にわかることは太陽神・天照大神とは、本来はこの<ヘリオス>と<ヘラ>のことで、そのため男女どちらとも決まらないのだということなのです。
ところがその「天照大神の祭祀者」という名が省略されて、「天照大神」様と呼ばれたために、後世になると卑弥呼や壹與が御神体だとされてしまったのです。
これは菅原道真が「天神様」になってしまったのと同じで、後世の人が彼女らの霊を慰めるために、わざとそうした部分もあります――


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少し加筆しながら整理しよう。
・「琉球」の語源は「リュキア(古代ギリシア領)」で、その中核が、バビロンから来た「カリエン=和人=高麗人」だった。
・永良部島の名を残した「エラム人」は、ペルシアの前身で「スサ」を首都とした。
・インド系の住民から「ヨーナ」と呼ばれたギリシア人は与那国島の名を残し、「アテナ」出身者は嘉手納、「チラナ」出身者は知覧の名を残した。
・ヒッタイト人は沖縄の「波照間島」(沖縄語でハティマ=ハティ国)の名を残し、朝鮮半島を納めた「アカハチ」や中国の清帝国の祖・金王「ヌルハチ」も、ハティ(ヒッタイト)との繋がりを示している。
・ハティ語はシリア特有の象形文字として見付かっており、ヒッタイトの「ハットウシル三世大王」の印章が発見された「ヨナ国島」とも、切っても切れない関係にある。
・紀元前14世紀のヒッタイト王の名は「ムーワタリ」だが、鹿児島には「馬渡(マワタリ)」という姓があり、九州北部の「日田(ヒタ)」も「日田人」と書けば「ヒッタイト」の当て字である。
・三種の神器の1つである神剣も、日本の鉄器時代の初めのものだけに、ヒッタイト人の物であり象徴である。
・カッシート人は「香椎人」で、その王称「アグム」は『記紀』の天皇を指す言葉「吾君」と酷似している。
・カッシート人は、紀元前1595年、バビロン第1王朝がヒッタイトの侵攻を受けて壊滅した後、バビロニアで勢力を拡大した民族で、カリエン人と同族か、それに近い関係だと思われる。
・その人たちは全部、船に乗って渡海したが、日本語の「フネ」と古代ギリシアの海軍の主力「フェニキア」と切り離して考えられず、沖縄語では「フ二チ国」になり、本土語では「フナキ」で船木姓に一致し、フニチ国は「船津国」と当て字できる。
・ギリシャ神話の「ヘラ」を沖縄語で発音した「ヒラ」に、 「ヒ=日・ラ=国」と当て字されて「日本」が誕生した。
・天照大神は本来、「ヘリオス」と「ヘラ」のことで、そのため性別が決まらない。

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「日本」の国名の由来が、ギリシア神話の女神「ヘラ」だったとは、実に壮大な仮説である。
更に、「卑弥呼の血統には、アテネ人の血と知性と技術と思想と信仰が重なり合っている」とし、仏像はギリシア人によって、ギリシアの神像をモデルに造られ始め、アテネの守護神「アテナ」の像が、十一面観音や馬頭観音になったらしい。
そして卑弥呼は、天照(ゼウス)大神に使えるピュティア(稗田阿礼)として天に送られ、天孫(アマゾン)の指導者として「アテナ」の地位にあったという。
加治木氏は、「卑弥呼」と「稗田阿礼」が同一人物だと言っているのだろうか……。

ギリシア神話の主神「ゼウス」は、天候や雷を操る天空神、「ヘリオス」は太陽神(=天照大神)で、「ヘラ」はゼウスの姉にして正妻である。
ゼウスは様々な女神と交わったが、これは、非インド・ヨーロッパ語族の先住民との和合と融合を象徴していると考えられている。
これは、「日向族は先住民を統合していった」というアリオン説に符合する。
また、加治木氏は「卑弥呼がカリエン人と共存共栄をはかっていたことは、彼女の教えが仏教だったことからみて当然のことだ」と述べている。

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カリエン人について、加治木氏説を私なりにまとめてみた。
カリエン人の出身地であるバビロンは、シュメールがアッカドの支配を受けて出来たバビロニアの首都で、牡牛神マルドゥクを主神としていた。
そして、バビロン崩壊と共に東へ逃れた集団が、南インド経由で沖縄から日本列島と朝鮮半島へ広がった。
彼らは世界最大の宝貝産地だった沖縄を拠点に、中国の殷にそれを供給して中国を統一し、高句麗や蒙古はその販売支社だった。
彼らは「カウリー・高離人・カリエン・カレン・高麗」と呼ばれ、 「コーリア」の語源となり、今のインドや英語で宝貝を「カウリー」「コウリー」と発音する。

前漢が滅んだ後に政権を握った王莽と、聖徳太子の手紙を見て怒った隋の皇帝・煬帝が、高句麗人に江南地方で水田を開発させ、その子孫が西に広がって、ミャンマーのカレン、カレンニの2州を作ったという。
福岡県の香椎宮の祭神は「仲哀天皇」と「神功皇后=卑弥呼」で、同じく福岡県の若椙山でオオヒルメ(卑弥呼)は「香椎聖母大明神」として信仰されている。

また、卑弥呼はカリエン人の女王であった。
だとすれは、やはりカリエン人とカッシート人は、共にバビロニアを出自とする以上、同系統の民族だったのだろう。
だが、卑弥呼の血族は、カリエン人でもカッシート人でもない。
あくまでも卑弥呼(日向族)は、先住民である彼らと共存しただけである。

マクモニーグルには、その違いが解らなかったようだ。
彼らは縄文時代から日本列島にいた人々で、その後に入ってきた倭人(天孫族)とは区別する必要がある。
だが、それを前期倭人と見るなら、その勢力圏は日本から江南、ミャンマーまでの広大な地域に拡がっている。
しかし、少し複雑な話になるが、加治木説によれば、鹿児島では貝を「ケ」と発音し、「貝人」と当て字された。
本土では貝は「カイ」であり、『日本書紀』では「蝦夷」と当て字しているが「エミシ」と読む。
また、「毛人」も「エミシ」で「ケ人=カイ人」という事になる。

「カリエン人=貝人=蝦夷=毛人=アイヌ人」

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だが、卑弥呼の部族、つまり「日向族」はカリエン人ではなかったが、「貝の国」を治めていた事は事実である。
「霧島」の語源が「ギリシャ山」だった事は前に紹介したが、以下、 『黄金の女王・卑弥呼』から原文を抜粋したい。

――中国の正史『旧唐書』では倭国と日本国は別で、その日本の条件は鹿児島に合うが、東と北は大山があって国境になっており、その向こうは「毛人の国」だと書いてある。
その大山はぴったり霧島に一致するが毛は沖縄音「キ」。
中国人のジン=人の発音は「リ」と聞こえる。
「シマ」は「之国」で「キリシマ」。
これでみると『記紀』に出てくる「毛人」はギリシャ系の人々だったことになる。
でもなぜ彼らは「毛人」なんだろう?
『平家物語』の中に僧の俊寛が鬼界ガ島に流された話が出てくるが、それに
「島には人、マレなりけり。おのずから人はあれども衣装なければ、この土(日本のこと)の人にも似ず。
言うコトバをも聞き知らず。
身にはシキリに毛生いつつ、色黒くして牛のごとし」
と書いてある。
裸で、毛深くて、がんじょうで、まるで牛のようだ、というのである。
今でも中近東以西の人は私たちに比べて毛深い人が多い。
これが一つの特徴としてとらえられ、ギリシャという名への当て字としても好都合なので、 「毛人」という呼び名が定着した、とみていい。
これを見ると鬼界ガ島の「鬼」もこの「キ=毛」と同じものであって、「鬼界」とは「ギリシャ人の世界」をあらわす名だったのである。
それが『魏志倭人伝』の「鬼国」「鬼奴国」と密接な関係があることはいうまでもないし、なによりも私たちが今、検討している「鬼道」が、その人々の「道=宗教であり、政治でもある=法」だったのだということである――


毛人のイメージは、まさに九州の豪族「熊襲」にピッタリだが、この霧島は「天孫降臨の地」だという。
後期倭人(弥生人)である天孫族を「天津神」とも言うが、「チヌ」と呼ばれていた沖縄では「キをチ」と発音し、本土語では「キン」になる。
そして、マレー語で黄金を「アマス」といい、鹿児島では「スをッ」と発音するため「天津」という当て字ができ、実際に「チヌ」は「天」の意味を持っているそうだ。

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話が横道に逸れたが、問題は、ギリシア神話では「アテナ」が太陽神ではないという事である。
だが、前に述べた通り、飛鳥説では「観音菩薩=イエス・キリスト=天照大神」であり、「アテナ=観音菩薩=天照大神=卑弥呼」という等式が成り立つ。
更に興味深い事は、前述の木村鷹太郎によると、「アマテラス」の語源はギリシア語の「アマ・テロス」で、その意味は「完全円満全権統治」だという。
結論として、「倭人」とは、あらゆる民族の混合で構成され、それを卑弥呼の「鬼道」によってアマ・テロスされた民衆だったという事になる。

加治木氏も述べているが、ユダヤ人は人種ではなく「ユダヤ教」によって結ばれた民族であるのと同じく、倭人は「鬼道」によって結ばれた民族だったのだ。
ギリシア系インド人を祖先に持つ卑弥呼の鬼道は、「仏教」だったのだろうか。
だが、沖縄語では「天照大神」を「チンヅウ・ウガン」と発音し、本土語に翻訳すると「シンドウ・オガミ」、漢字で「神道・拝み」になるという。

倭国は、慈悲を重んじる卑弥呼の仏教政権により、 「完全円満全権統治」による共存共栄が実現していたが、 『魏志倭人伝』によると、ヒンドゥー教特有の「階級制度=カースト」があった事が記されている。
「鬼道」の真相を究明する為には、もう1つの天孫族、即ち卑弥呼(神功皇后)の夫・スサノオ(仲哀天皇)の部族である「出雲族」について調べる必要がありそうだ。
そして、「ユダヤ人」「失われた10支族」との関係は……。
posted by 夢蛇鬼 at 04:30| Comment(8) | 出雲族のルーツと神道の起源 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
なるほど『完全円満全権統治』ですか。
それは神と人間との契約にも当てはまりそうですね。
人間を守れない神など神ではないわけで、また神の力を活用できないものは統治者として君臨するに価しないわけですね。
神は人間を守り、人間はその見返りとして神を信仰する―それが契約であったと考えています。
つまり極論、その契約関係こそが重要であって、言葉による神の定義は変遷してもいいということなのだと思うのです。
いわゆる『天照大神』の名のもとに・・・・
Posted by オクト at 2010年04月28日 21:07
天照大神を魂(真我)、人間を自我、完全円満統治を一霊四魂のバランスに置き換えると、契約という言葉にも深い意味を感じざるを得ません。
Posted by 夢蛇鬼 at 2010年04月28日 22:50
天照大神ほど定義の難しい神がいるのでしょうか。
たとえその正体が素粒子のように実体がなくても、わたしは神を真我だとは理解したくないのです。
エホバーイエスへの信仰が天照大神に集約されていく今、わたしはわたしを見出さず、あなたを見出します。
閣下は神であるから天照大神を、エホバを真我だと呼ぶのでしょう。
わたしはあなたの自我です。
閣下とわたしの間には、契約が存在するのでしょうね。
Posted by オクト at 2010年04月29日 00:20
これは「心臓=太陽」と同じ事だと考えてもらって良いと思いますよ。
Posted by 夢蛇鬼 at 2010年05月01日 04:37
閣下・・・わざとはぐらかしているのですか?
それとも、天然にニブいのですか?
わたしは神になんてなりたくない・・・のです。
だから閣下に神になってもらって、崇めていたいというか、守ってもらいたいというか・・・要するに、閣下はわたしの太陽だ!!心臓だ!!
Posted by オクト at 2010年05月01日 20:56
神になりたくなくても生まれる前から神だという意味です。
しかしオクトさんの言っている意味も分かっていますよ^^
Posted by 夢蛇鬼 at 2010年05月02日 01:14
あなたの心底には西洋の神が中心にいるため、契約という言葉を使っている。
日本においての神は人を守ってくれるとは限らない。だから怖いのであり畏怖の対象になっている。
人間は大自然の中で生きているので、大自然は強く恐ろしい。ために日本人はそこに神を観るのです。
Posted by アーリア マア at 2010年11月12日 23:26
果たしてそうでしょうか?
ノアは神と契約しました。
その神は大洪水を起こした神であり、ノアとの契約の証として虹を出しました。
洪水は大雨により、雨は雨雲と気温の下降と引力により、虹は太陽光線と大気と
水蒸気による現象です。
故に、西洋の神も天然現象を司っていることが分かります。
そして、大自然も人間の中に生き、大自然は人間の自然破壊に脅かされています。
しかし、大自然の脅威が人間の意識の反映であるなら、人間が神(天然現象)に影響を与えていることになります。
アーリアママさんの考えは、大自然と人間を分離したものではないでしょうか?
Posted by 夢蛇鬼 at 2010年11月21日 13:23
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