2010年04月27日

インディアンの「三種の神器」と「シンドゥ教」の謎

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千手観音のルーツはシヴァの妃である「ドゥルガー」である。
メデューサが「ヤマタノオロチ」を表現しているように、千手観音も「ヤマタノオロチ」を表しているようだ。

加治木氏の著書『日本人のルーツ』にも書かれている。

――その七つ頭の竜神像が、時とともに変型しはじめ、ついには手の多くある菩薩像やシバ神像を生み出し、極限に達して千手千眼観音像にまで変身することは、ここで活字で説明するより、実物の写真の方が余程わかりやすい。
百聞一見に如かずという言葉のとおりである。
この事実は日本の神話を解明する上で八俣の大蛇とは何を意味するか、天照大神とは太陽のことか、太陽を祭る女性のことか、といった未解決の問題を解くことができる重要な鍵として役立つ。
折口信夫は大神を「日の霊(ひるめ)」すなわち日の神につかえるシャーマンだと説き、岡正雄氏は“天の岩戸”神話の部分は、中国南部からアッサムにかけての地域の神話がもとになっている。
と説き、大林太良氏はインドシナ半島を中心にした各地にだけ、それと類似した要素の神話が分布していると指摘している。
その地域はまさに、竜王護仏像とその仲間が分布している地域であることを、特に注意しておいてほしい。
日本神話ではスサノオノミコトは八俣大蛇と戦うだけでなく、日の神天照大神とも争い、ワカヒルメという女性を殺し、そのため天照大神は天の岩戸に隠れて、世界は暗黒になってしまう。
大蛇と日の神が同じものだとすれば、この二つの争いは、本当は一つのものだった可能性がある。
天照大神は日本人にとって神聖な信仰対象だから崇拝する理由をよく知っていなければならないと思う。
そのためには祖神と伝説との関係を明らかにせねばならない――


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――竜王護仏像を裏返して、正面から観察してみよう。
それはだれが見ても、7つの頭をもった奇怪な姿の大きな蛇が、お釈迦様またはビシュヌー神を守っているところである。
疑問の余地はない。
日本の正史である『古事記』『日本書紀』には八俣の大蛇の神話が載っていてスサノオノミコトが退治したことになっている。
8つの頭をもった蛇というのは特殊なもので、自然には存在しない。
そんなものを作り出した創作力は、そうどこにでもあるものではない。
縄文土器からインドの神像までのつながりが実在する以上、日本の八俣大蛇は、日本だけで創作されたとするよりは、インドや東南アジアの竜王護仏像の知識が入ってきたものと考える方が合理的である。
もっとも仏教は神話時代より、ずっと後世に日本に入ってきたと記録されているから、それは仏像というよりは、シンドゥのものという方が、より正確である。
それをスサノオノミコトが討って退治したというのは、そうした宗教の持ち主。
すなわち福田貝塚に人面注口器などを残した縄文人を征服した、というたとえ話だと考えると、ありそうもない怪物の登場する話が、非常に現実味を帯びてくる。
これは一方では縄文人という考古学的要素から割り出した、日本人の先祖中の一グループと、他方では文献上の対象とが、はじめて一つになったということでもある――


タイトルの「インディアン」は「インド人」の意である。
「三種の神器」は出雲族によって、神話と共にインドから日本に持ち込まれた。
通説では、皇室の「三種の神器」はユダヤの神宝をルーツとしてるが、そう単純ではない。
「三種の神器」は、天孫降臨の際、天照大神から授けられた神宝だとされているが、天照大神が卑弥呼であれば、インド由来の神宝だと考えるのが自然である。

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『黄金の女王・卑弥呼』には、「三種の神器」について次のように解説されている。

――[八坂瓊の曲玉]ヤサカニノマガタマ。八坂はヤバン。瓊は赤い宝石。
すなわちヤバン産の赤い宝石で作った曲がった玉という意味の名だ。
しかしそれは文字の意味だけで、それくらいのことは、これまでも分かっていた。
「マガタマ」は「マガタ国」。
すなわちマガダ国を象徴しているが、それがさらに上級の「マケド」(人の国=ニア)も象徴している。
また三種の神器の原型のリュキアの太陽象徴も忘れてはならない。
それは『琉球』という国名にもなっているからである。
[八咫鏡]ヤタノカガミ。
八たはハティ・アタ(阿多)だから「ハチアタ」と読むのが正しい。
世界最高の金属文化と、王権の象徴。
これもヒミコを共立したアショカ仏教宣布団の重要な構成分子だったのである。
[草薙の剣]クサナギノツルギ。
このクサも古謝(クザ)、 「カッシート=香椎人」(の王=ナキ)を示している。
これは八俣の大蛇を退治して得られた剣だから、一度、スサノオに奪われて、返されてきたもの。
このカシーはマレー、インドネシアでは「愛」を意味する言葉で、ヒミコの別名になっている。
「三種の神器とは、ヤヴァナ人(八幡=ギリシア人)を頭に、ハティ人(ヒッタイト人)、カッシート人(香椎人)で構成された倭人文化の象徴だったのである――


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「マガタマ」の語源である古代インドの「マガダ国」はは、ギリシアに隣接する「アレクサンドロス」の出身国「マケドニア」に由来し、夢蛇鬼説では「ヒッタイト人」の末裔である。
「ヤタノカガミ」が「ハティ・アタ」で、ヒッタイトの金属文化と王権の象徴。
そして、「クサナギノツルギ」の「クサ」が「古謝(クザ)」に由来するなら、文字的には「クジャ」であり、 『魏志倭人伝』に登場する「狗邪(クジャ)韓国」に繋がる。
韓国の三国時代の新羅古墳から出土した「三種の神器」の「クサナギノツルギ」の原型は、 「シャカ族(スキタイ)の黄金宝石装宝剣」で、アレクサンドロスも同じ系統の剣を愛用していたとされている。
また、「マガタマ」に相応するのが「リュキアの銀貨」で、卍の模様が施されている。
卍は仏教の紋章だが、アメリカン・インディアンのホピ族が太陽の象徴図形としている通り、リュキアでも太陽を意味していたようで、勾玉も太陽を表している。
この事は改めて詳述するが、琉球の語源である「リュキア」とは、古代ギリシア領の小アジア半島最南部・ロドス島の東北を指す。

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この「三種の神器」の説明の前に、次のような前置きがあった。

――古代ギリシアと古代インドの、切り離すことのできない接点が、必ず、どこかにあったことを考えないわけにはいかない。
そしてそれは「鬼道」に、仏教とシンドゥ教とギリシア文化が渾然一体となっていることと、さらにインド文化がそのまま日本に移入されている事実から、古代にそんなことが可能だった唯一の事件は、マカダ国から派遣されたアショカ仏教宣布団の到来しかないことが、はっきり浮き彫りになって、読み取れるのである。
そして、その支配者「ソナカ」一族の名と、それに付随してきた人々の名までが記録の中に見つかり、さらにそれ以前に日本へ入った先駆者の人々の歴史もまた、中近東の古代名族の名の分布から読み取れることなどで、私たちのヒロイン「ヒミコ」の人種関係もほとんど明瞭になったといえる。
彼女はどこから見てもアーリア系の女性だったのである――


卑弥呼の「鬼道」は、仏教・シンドゥ教・ギリシア文化が一体となったものだったという。
では、「シンドゥ教」と「ヒンドゥー教」の違いは何か。
ヒンドゥー教は4世紀のインドで、バラモン教と民間宗教が融合する事によって成立したとされており、卑弥呼の部族が日本に渡来した頃、インドではまだヒンドゥー教が成立していなかった事になる。
だが、バラモン教は紀元前から徐々にヒンドゥー教に変容したと考えられているので、ヒンドゥー教成立以前から、その原型は出来ていたと思われる。
そして、ヒンドゥーの語源は、古代ペルシア人が「インダス川の対岸(シンドゥの向こうの国)」と呼んだ事に因むと言われており、当時は「シンドゥ教」と呼ばれていた可能性が高い。

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天照大神は父・イザナギに、 「天上の事」をするよう指示を受けたが、加治木氏はこう解説している。

――「天上」=チンヅウ=本土語のシンドウ。これは「神道」と当て字できる。
「天」=チン。沖縄語で沖縄を「ウチナ」と発音するが、これは「大天」と当て字できる。
そして「天に上げる」は、今でも首都へ向かうことを「ノボリ」といい「地方から来た人」の意味で「おノボリさん」というのと同じことである。
だからこの話は、伊是名島(伊勢の島)から、当時首都だった「沖縄本島へ神道を従事させにやった」という常識的な記録だったのだ――


いずれにしても、シンドゥ教が日本に伝わり、鹿児島には今でも「神道(シンドウ)教」という民間宗教が残っている。
これが「神道」の原型で、鹿児島に卑弥呼がいた事から、「鬼道=神道教」と考えることが出来る。
また、仏教は6世紀に伝来したが、紀元前からインド人が日本に渡来していた以上、紀元前から仏教も伝来していたと考えるのが自然である。
加治木氏は、「鬼道は仏教・シンドゥ教・ギリシア文化が一体となったもの」だと定義しているが、仏教はバラモン教のカースト制を否定した宗教であり、カースト制を継承するヒンドゥー教と共存する事は考えにくいし、ヒンドゥー教徒も仏教徒を弾圧した事は想像に難しくない。

事実、仏教はインドに於いて、ヒンドゥー教の成立に伴って5〜12世紀にかけて衰退し、13世紀にイスラム教徒の攻撃を受け、現在の仏教徒はインド国民の0.71%に過ぎない。
では、 「鬼道」は「仏教」なのか、 「シンドゥ教」なのか、或いは「シンドゥ教の影響を受けた仏教」だったのか……。
その前に、「倭人の正体」、そして、卑弥呼を共立した「アショカ仏教宣布団」について調べてみる事にしよう。
posted by 夢蛇鬼 at 00:05| Comment(5) | 出雲族のルーツと神道の起源 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
閣下、おはようございます。
『アショカ教宣布団』ですか、初耳です。
聖徳太子以前は知ることによって信仰を侵されそうな気がして、自分では調べたくない私ですが、閣下によって学んでいます。
私の窮極の理想像が閣下だと直観しているからなのですが、それはあなたが窮極は無だと理解しているからかもしれません。
無私無欲でなければ取り組めませんものね。
今朝、この記事を読んで、執筆終了後の閣下が死んでしまわないか、ゾッとしました。
貪欲に神仙組の進捗を望んだ私でしたが、できればこのまま進んでも進んでも終わらないストーリーであってほしいと、思ったりします。
夢、蛇、鬼・・・わたしの閣下にふさわしい三つの言葉ですね。
Posted by オクト at 2010年04月27日 09:21
死は復活の通過儀礼なので、どういう形になるかは分かりませんが、イエスやアレクサンドロスと同じく33歳で一度死ぬと思います^^;
Posted by 夢蛇鬼 at 2010年04月28日 04:37
あ お供します。
Posted by オクト at 2010年04月28日 21:20
桃太郎退治の鬼軍団ですがOKですか?笑
Posted by 夢蛇鬼 at 2010年04月28日 22:42
なつかしいですね、桃太郎。
閣下に弟子入り志願するとき、桃太郎が単独で無防備ではおかしいから、わたしをお供に入れてくださいと、お願いしたのですよね。
どっかでサルとキジをつかまえてきましょうって。
あれから・・・こんななるとは思いもよらなかったです。
Posted by オクト at 2010年04月29日 00:30
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