2010年04月19日

死国の女王・オオゲツヒメ殺神事件の真相と禁断の関係

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『古事記』の中のイザナギとイザナミの国産みで、2番目に創造された伊豫之二名島(四国)の中の阿波国(徳島県)として、大宜都比売(オオゲツヒメ)が誕生した。
阿波国は元来「粟国」と書き、五穀の神である「オオゲツヒメ」が祀られていた事が由来とされている。

高天原を追放された「スサノオ」は「オオゲツヒメ」に食物を求め、 「オオゲツヒメ」は「スサノオ」に次々と食事をもてなした。
それを不審に思った「スサノオ」が様子を覗くと、「オオゲツヒメ」は鼻や口、尻から食材を吐き出して調理していた。
腹を立てた「スサノオ」が「オオゲツヒメ」を斬り殺すと、頭から蚕、目から稲、耳から粟、鼻から小豆、陰部から麦、尻から大豆が生まれ、 「カミムスビ」が取って、五穀と養蚕の始まりとしたと伝えられている。

『日本書紀』では同様の話が、「ツキヨミ」が「ウケモチ(保食神)」を斬り殺す話として登場し、頭から牛馬、額から粟、眉から蚕、目から稗、腹から稲、陰部から麦・大豆・小豆が生まれ、「アマテラス」がこれらを取って広めたとされている。
やはり、「スサノオ」と「ツキヨミ」は同一人物だったようだ。
では、「カミムスビ」と「アマテラス」も同一人物だったのだろうか。
いや、「アマテラス」は「スサノオ」の乱暴によって岩戸に隠れた(崩御した)。

「ヤマタノオロチ」を斬り殺したのも「スサノオ」で、「アマテラス」も「ヤマタノオロチ」も「卑弥呼」だったことを考えると、イザナギ・イザナミの間に生まれた「オオゲツヒメ=ウケモチ」の正体も「卑弥呼」だった確率は高い。
そして、「ヤマタノオロチ」から「草薙剣」が出てきた事と、「オオゲツヒメ」から五穀や蚕が出てきた事も似ている。
「オオゲツヒメ」と「アマテラス」が同一人物であれば、それを取ったアマテラス(カミムスビ)は「2代目・アマテラス」という事になる。

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「卑弥呼」と「徳島県」の関係は不明だが、映画でもあったように、四国は「死国」に通じ、「オオゲツヒメ」が切り殺された話や、卑弥呼の鬼道が崇拝する「死の神・シヴァ」に由来するのかも知れない。
『古事記』によるとスサノオは、父・イザナギより「海原を治めよ」との命を受けたが、それを拒否し、母・イザナミの居る「根の国」に行くと言い始め、イザナギは怒って近江の多賀に引き籠もってしまった。

「イザナギ」「イザナミ」は人名ではなく、肩書きだったことを思い出して頂きたい。
であれば、イザナギ・イザナミの娘のアマテラス(卑弥呼)も、「イザナミ」と呼ばれることがあったに違いない。
そして一説では、卑弥呼(イザナミ)の息子も「スサノオ」と呼ばれる人物である。
「卑弥呼=イザナミ=オオゲツヒメ」という等式で考えると、卑弥呼(イザナミ)の息子のスサノオが向かった 「根の国=死者の国=死国」というのは、オオゲツヒメ(卑弥呼)が死んだ「四国」を指しているのかも知れない。
但し、同じ名の複数の人物の伝説が重なり合っている可能性が高いので、卑弥呼が四国で死んだと断定するのは早計である。

話を戻すが、「オオゲツヒメ神話」と似た神話はインドネシア等の南方系にも広く伝わっている。
また、卑弥呼が魏の朝廷に絹を献上したことが『魏志倭人伝』に記されている。

『オオゲツヒメ=卑弥呼』

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この推理は的外れではないようだ。
オオゲツヒメは「大気津比売」という当て字もあるが、加治木氏は『黄金の女王・卑弥呼』の中で次のように述べている。

――ヒミコがした仕事は『古事記』の「大気津比売神」をスサノオが殺したら、その頭に蚕、目に稲、耳に粟、鼻に小豆、陰に麦、尻に大豆が生じた、という話で、その神の名が沖縄語では「オオ=ウ、キ=チ、津=の」で「ウチの姫神」すなわち天照大神=老ヒミコのことだと分かるので、彼女が農産物と織物工業の管理者でもあったことが分かる――

オオゲツヒメはスサノオに殺されたが、後に「大年神」の系譜の「ハヤマト」の妻として八神を生んだという記述がある。
ここに登場する「オオゲツヒメ」は、「2代目・アマテラス」と考えて良いだろう。
次にスサノオは、ヤマタノオロチの生贄として捧げられるはずだった「櫛名田比売(クシナダヒメ)」を助けている。
注目したいのは、この時「スサノオ」は、殺戮神から救済神に変化している事である。

また、注意したいのは、卑弥呼は神話の中で「アマテラス」「オオゲツヒメ」「ヤマタノオロチ」という名前で、同じスサノオに3回も殺されているという事である。
常識的に、「アマテラス」「オオゲツヒメ」「ヤマタノオロチ」は全く別物である。
だとすれば、逆に、同じ「スサノオ」であるはずの人物が、実は2人、或いは3人の「スサノオ」だったかも知れない。

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加治木説に従えば、ヤマタノオロチ(卑弥呼政権)を倒したスサノオのは「垂仁天皇」である。
であれば、アマテラスを岩戸に隠れさせた「スサノオ」も、オオゲツヒメを殺した「スサノオ」も「垂仁天皇」だった可能性が高い。
少なくとも、ヤマタノオロチを倒したのは「垂仁天皇」という事になる。
ならば、クシイナダヒメをヤマタノオロチから救って娶ったスサノオも、「垂仁天皇」であるはずだ。

しかし、アリオンの預言者である北川氏が採用している家系図では、日向族のアマテラス(卑弥呼)と婚姻したスサノオ(仲哀天皇)は、出雲族系のクシイナダヒメとも結婚しているのだ。
これが事実であれば、「仲哀天皇」と「垂仁天皇」は同一人物ということになる。
アジシキタカネヒコは卑弥呼の兄弟とされている人物だが、その家系図では、アジシキタカネヒコ(垂仁天皇)は、スサノオと卑弥呼の子である多紀理姫(三穂津姫・木花咲耶姫)と、大国主(オオクニヌシ)の間に出来た子となっている。

そうすると、『日本書紀』では「大国主」はスサノオとクシナダヒメの息子とされているので、 「大国主」と「多紀理姫」は異母兄妹(又は姉弟)同士の結婚だった事になるが、その真相は不明である。
1つ言える事は、 「仲哀天皇」は神功皇后(卑弥呼)より先に他界し、後に卑弥呼政権を倒して王となったのが「垂仁天皇=アジシキタカネヒコ」であるという記録が最も信憑性が高いと思われるのだが、果たして……
posted by 夢蛇鬼 at 11:27| Comment(4) | スサノオの正体と天皇家の関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
古代の神々は5次元存在だったのかもしれませんね。
戸籍にも名前にも縛られない自由な存在だったのでしょうね。
物質的存在というよりは霊的だったのでしょうね。
閣下みたいに。
Posted by オクト at 2010年04月19日 13:25
とても難解なので何度も読み返してはいます。
『わが闘争』の方でちょうど下賀茂神社が話題になっていますが、それも気になっていて、調べるとアジスキタカヒコネは上賀茂神社の加茂別雷命であるとの説もあるそうですね。

アメノワカヒコ・アジシキタカヒコネ、このふたりの混同がどんな意味を持っているのか、非常に興味を覚えます。
アジシキタカヒコネの御名を明かす歌―

天なるや 弟棚機の 項がせる 玉の御統 御統に 穴玉はや み谷 二渡らす 阿治志貴 高日子根の神そ
(天上にいるうら若い機織女が 頸にかけている緒に貫き通した玉 その緒に通した穴玉の輝かしさよ そのように谷二つを越えて輝きわたる神はアジシキタカヒコネノ神である)
Posted by オクト at 2010年04月21日 09:59
それを明かしてしまうと、夢蛇鬼説「ヤタガラスの欺瞞」に直結してしまいます^^;
Posted by 夢蛇鬼 at 2010年04月21日 14:16
イザナ「ギ」とイザナ「ミ」と言われているが、あの肖像がはニニ「ギ」と木花開那(アシ「ミ」)ではないのかと考えている。
Posted by たむたむ at 2013年03月25日 09:32
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