2010年04月17日

屋久島の大王「スサノオ=ツキヨミ」と高句麗の女王「卑弥呼」の謎

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アマテラス(卑弥呼)の弟のスサノオは「アジシキタカヒコネ=卑弥弓呼=稚武彦=垂仁天皇」だという事が分かったが、彼は本当に「天稚彦=仲哀天皇」と別人なのか。
くどいようだが、共に「アレクサンドロス=スサノオ」を名乗っていた為に紛らわしかったのだと、加治木氏は主張しているものの、同一視している箇所もある。

『日本書紀』では、「天稚彦」と「アジシキタカヒコネ」は瓜2つだが別人で、「天稚彦」は「下照姫」を妻にして王になったとしている。
そして、「アジシキタカヒコネ」は卑弥呼の弟の「稚武彦=垂仁天皇」だが、『古事記』では「アジシキタカヒコネ」は「高比売=下照姫=卑弥呼」の兄となっている。

更に、卑弥呼(下照姫=アマテラス)は日向族のイザナギ・イザナミの娘だが、『古事記』では「高比売=下照姫」は出雲族の大国主(オオクニヌシ)と多紀理毘売命(タギリヒメ)の娘だとされている。
これは明らかに『古事記』の誤りだと思うのだが、どうだろう。
細かい点を無視して良心的に解釈すると、「アジシキタカヒコネ=垂仁天皇」の姉か妹の「卑弥呼」が、「天稚彦=仲哀天皇」と結婚したと考えるのが自然である。

だが、加治木氏は、何人もいるスサノオの中で、竜を退治したスサノオ「ジークフリート」の語源が「邪狗夫余人(ジャクフリヒト)」で、屋久島から高句麗までの王だった「垂仁天皇」だとしているが、高句麗の姫(又は女王)との結婚は不思議ではないとしている。
そして加治木氏は「黄金の女王・卑弥呼」の中で、「間違いなく卑弥呼は高句麗の女王だった」と断定している。

それは、兄妹(又は姉弟)の婚姻という事になる。
それが事実であれば、卑弥呼は夫「仲哀天皇」の死後、弟「垂仁天皇」と再婚したことになるが、状況的にそれは考えにくい。

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ここで気分転換に、加治木氏の著書『日本国誕生の秘密はすべて「おとぎ話」にあった』(徳間書店)の中から、少し面白い話をご紹介したい。

――彼は八俣大蛇=天照大神=卑弥呼を倒した。
政権の王なのですから「スサノオノミコト」に当たります。
『古事記』にはそのスサノオは、天照大神が父から天の仕事をあてがわれたのに、彼は「海原を治めろ」といわれて、気にいらないで命令に従わずに泣きわめき、「僕は[根の国]に行きたい」とすねたので、父は怒って追放してしまったと書いてあります。
これを位宮の史実と比較してみると、海原は海の中の国、すなわち沖縄で、位宮の名乗り「琉球王」に一致し、「根の国」は地下の「暗い国」すなわち「クライ=高麗、黒の国=北の高句麗」に一致します。
スサノオはまた別の部分で「韓=カラ=インド語で黒」へ行って戻ってきた神だとも書いてありますが、これも位宮にぴったり一致します。
ではなぜ「月」なのでしよう……?
『古事記』ではスサノオが海原を治めろと命令されたとき、もう一人「月読尊」という兄神がいて、彼は「夜食国」を治めよと命令されて月の王になったと書いてあります。
この不思議な名の国はどこにあるのでしょう?
これは当て字ですから別に夜食専門の深夜営業店なんかではありません。
万葉ガナと同じことで、「夜=ヤ・食=クウ」と読みさえすれば
「屋ヤ・久ク・王ウ」だとすぐわかります。
彼は屋久島の王になったのです。
『備後国風土記』の「疫隅国社」の話が元になって、彼は別名「疫の神」と呼ばれていますが、これはいいかえれば「疫病神」のことです。
「疫」と「屋久」で、これは「屋久の王」がもとになってできた悪名だとすぐわかります。
さらにこの屋久は古くは「邪久」と書かれています。
7世紀の唐代より前には「邪」は「ジャ・ジォ」と発音しましたから、「天の邪鬼」の「ジャク」もこの名から出ていますし、3世紀当時の「邪久」は「ジキュウ」への当て字で、今の鹿児島語でも「琉球」のことを「ジキュ」と発音します。
おわかりのように「月読尊」とスサノオは同一人で、「琉球王」位宮の説話が分裂して二人の神に見えたものだったのです。
「月の満ち欠けを読む」のは海の大潮・小潮を予知することで、それは「海原の神」の仕事です。
山幸彦はその力を得て海幸彦を倒しました。
その月読みの神の宮殿が「月の宮居」と呼ばれるのは少しも不自然ではありません。――


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「ツキヨミ」と「スサノオ」が同一人物だったというのは『竹内文書』の記述と同じである。
だが、「スサノオ」は2人いた。
問題は、「疫病神」として封印された鬼としての「スサノオ」が2人存在したかどうかである。

アリオンのいう「スサノオ」は明らかに「天稚彦=仲哀天皇」を指しており、鬼として封印されたとしている。
だが、加治木説では、「疫病神」「天の邪鬼」は屋久の王「アジシキタカヒコネ=垂仁天皇」の悪名だと指摘している。
「天稚彦」と「アジシキタカヒコネ」は同じ血族ではないが、似たような運命を辿ったのだろうか。
「スサノオ」の人物像について結論を出す前に、神次元での「スサノオ」を見てみよう。
posted by 夢蛇鬼 at 13:36| Comment(6) | スサノオの正体と天皇家の関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
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Posted by ホテルのフロントで働いてる 者 at 2010年04月18日 04:21
日本地図を眺めていて、このごろ強く感じる不満は、南北が反転した地図を誰か作成してくれないものか・・・と思うことです。
中国や韓国からの伝達経路がイメージしやすいような位置関係の把握を義務教育で受けていれば、日本とは融合民族国家なのだと感じられるのかもしれませんね。
太平洋側から日本を把握しても、何も生まれてこない気がしています。。。
Posted by オクト at 2010年04月19日 10:48
南北逆転の日本地図は行基が残していますが、それとはまた別ですか?
Posted by 夢蛇鬼 at 2010年04月19日 11:08
そうですね、できれば国土地理院(今もあるのかしら?)から、学校教材として使う地図帳としてあればいいなと思うのです。
母親としての教育学的見地からの意見ですが、自分もそんな教育を受けたかったと感じます。
島根に旅行に行っての感想です。
日本海に妙に惹かれています。
Posted by オクト at 2010年04月19日 11:54
しかしながら、アマ族が日本に渡来した頃は、ほぼ今の日本列島の形だったと思いますよ〜
Posted by 夢蛇鬼 at 2010年04月20日 10:26
すみません、言葉が足りなかったみたいです。
滅びるエルサレムから東へ東へと歩いてきたら、大陸や、朝鮮半島から日本をどういう気持ちで望むのだろうと知りたいだけです。
閣下は史実によって解明されようとしています。
私は神への信仰のみによって真理に至りたいのです。
歴史の動機はただ神への信仰に帰結すると信じているのです。
しかし、あなたしか信じていない私なのです。
Posted by オクト at 2010年04月20日 10:52
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