2010年04月08日

「多次元同時存在の法則」と「一神則多神則汎神の原理」

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2人のスサノオについて推理する前に、「多次元同時存在の法則」について述べておかなければならない。
一説によると、「天照大神」の正式名は「天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日命」という男神で、以下のの4つに分割できる。
「天照国照彦(アマテルクニテルヒコ)」
「天火明(アメノホアカリ)」
「櫛甕玉(クシミカタマ)」
「饒速日命(ニギハヤヒノミコト)」

これらの神名は日本神話に登場し、神社でも祀られているが、「多次元同時存在の法則」では、それらは同一神「天照大神」だという。

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「多次元同時存在の法則」は、次のように定義されている。
@神に適用されるものであり、原則として実在の人間には適用できない
A神の世界は時間と空間を超越する
B神は分身を創ることがある
C神の分身は別名で表現される
D同じ名前の神は同一神である

「櫛甕玉」は「大物主櫛甕玉命」であり、「大物主命(オオモノヌシノミコト)」には「大国主命(オオクニヌシノミコト)」という別名があり、更に「大国主命」の別名の1つに「八千矛神(ヤチホコノカミ)」がある。
神社伝承学では「大物主命」と「大国主命」は別の神だが、「多次元同時存在の法則」を適応すると同一神となる。
そして「八千矛神」の「八」は、「八岐大蛇」「八雲神社」「八坂神社」「八重垣神社」というように、「素戔嗚尊(スサノオノミコト)」を意味する暗号である。

『饒速日命=櫛甕玉=大物主命=大国主命=八千矛神=素戔嗚尊』

神話では「饒速日命」は「素戔嗚尊」の父だが、この法則下では「饒速日命=素戔嗚尊」となり、更に「饒速日命」は「天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日命」の一部であり、男神「天照大神」となる。
ということは、「天照大神=饒速日命=素戔嗚尊」となり、神話では姉弟の「天照大神」と「素戔嗚尊」が同一神となる。
しかし、これも1つの通過点に過ぎず、八百万の神々は全て「天照大神」の分身となる。

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「これが実情なのだ。われわれは神話と史実を完全に分けて考えなければならない。
神話でどうなっていようとも、関係ない。
史実を見極めるためには、そこまで徹底して考える必要がある」

(「失われたイスラエル10支族・神武天皇の謎」飛鳥昭雄・三神たける/学研)

「祭神の御霊を次々と分裂させていくやり方を『御霊分け』という。
同じ祭神を無数に増やすことのできる御霊分けは、どこの神社でも同じ御霊が存在するという仕組みであり、化身と併用することで、日本は『八百万の神々』を次々と産み出していったのである……
この法則を一気に進めれば八百万の神々はすべて名を変えた天照大神の分身……
日本という国は、表の顔が多神教、裏の顔が一神教という形で陰陽を成し、裏は神として表されている」

(「竹内文書と月の先住宇宙人」飛鳥昭雄/徳間書店)

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この「多次元同時存在」は「一神則多神則汎神」ともいう。
つまり、神は1つだが、1つの神が無数の分身を作り、無数の分身から更に無数の分身を生んで、万物にその御魂が宿るという概念である。
それは究極的に、「一神教=多神教=汎神論(アニミズム)」ということになる。

神名とは、地球創世の神々の働き(各種の宇宙エネルギー)に付けられた名称だが、日本神話の厄介な部分は、それがいつしか人類史に繋がり、実在した人物に「天照大神」や「素戔嗚尊」などの神名が付けられ、更に同名の人物が複数存在することである。

忘れてはならないのは、「多次元同時存在の法則は人間には適応できない」という定義である。
飛鳥氏が言う通り、「神話と史実を完全に分けて考えなければならない」のだが、飛鳥氏は、「現人神は『神』として、多次元同時存在の法則が適応できる」としている。

だが、現人神はあくまでも「人間」であって、神霊ではない。
従って、現人神を「多次元同時存在の法則」で「=」とするのは、根本的な間違いである。
飛鳥説では、「スサノオ=ニギハヤヒ」で親子も同一人物となり、「スサノオ=アマテラス」のように夫婦も同一人物になってしまう。
例えば、スサノオが複数の別名を持つように、異名同人というケースはあっても、複数の別人が同一人物ということは人間界では有り得ない。

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例えば、定義BDを人間(現人神)に適応させると……
「人間は分身(子供)を創ることがある」
「同じ名前の人間は同一人物である」となるが、親子は同一人物ではない。
また、山田姓の家系は全員同一人物ではないし、太郎という名前の人物が全国に何人いても別人である。

「神功皇后」にしても、「卑弥呼」と「壱与」という2人の人物である事も見てきた通りだ。
「天照大神」に至っては、「卑弥呼」と「壱与」、そして天孫降臨を命じた「天照大神」の、3人の「天照大神」が存在する。
また、「イエス」も天照大神とされる人物なので、少なくとも4人の「天照大神」が存在することになる。
また、天孫降臨を命じられた「ニギハヤヒ」の子孫の「スサノオ」から、再び「ニギハヤヒ」と呼ばれる人物が誕生しているが、当然ながら同一人物ではない。
また、神霊界に於ける神と言えども、日月神示には「同じ名の神二つある」と記されている。

神の名を持つ古代人は、その名の神の受肉(現人神)である事を意味する。
神の受肉(現人神)という観点から見ると、例えばイエスが「ヤハウェ」を名乗ったように、「アマテラス」や「スサノオ」という人物がいてもおかしくはなく、それが何人も存在したという事なのだ。
或いは、肩書きを個人名だと誤解されてきた例も少なくないことを、加治木氏は指摘している。

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『イザナキ・イザナミの二人は名前の最後のキとミが違っていた。
イザナというのは伊是名と書く島の名だった。
だからこの場合は二人の人間と「島」が同じ名をもっている。
この「キとミ」は何だったのか、思い出してみてほしい。
それは「王様と皇后」のことだった。
だとすれば、この島の「王様と皇后」は、次の代になっても、その次の代になっても、いつもくりかえし「イザナキ・イザナミ」と呼ばれるのである。
それはなんのことはない。
いまなら「アメリカ大統領」などという「肩書き」と同じものだったのである。
これは「個人の名前ではない」のである。
だから、次々に代々「同じ肩書き」で呼ばれた。
それを「個人名」だと錯覚して、ひとまとめにしたら、次々にあとを継いだ大勢の王様さちの出来事が全部、一人の王様のときに起こった事件にみえることになる』

(黄金の女王・卑弥呼)

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話を戻すが、まず人間次元に於いて、「天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日命=天照大神」とするのは的確ではない。
一説では、「天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日命」は「饒速日命(ニギハヤヒ)」の正式名だと言われているが、これは4つの神名の合体名であり、少なくともアリオン説では、「アマテラス(卑弥呼)」と「ニギハヤヒ(スサノオの第五子)」は別人である。
当然、天孫降臨を命じた「アマテラス」と、命じられた「ニギハヤヒ」も別人である。

要は、「多次元同時存在の法則」で古代史の全貌は解明できないという事である。
但し、人間界に於ける「多次元同時存在の法則」を全否定している訳ではなく、異名同人で「=」として用いることが出来るケースがある事を踏まえた上で、封印された古代史の謎解きに挑戦したいと思う。
では次に、『記紀』の矛盾について見てみることにしよう。
posted by 夢蛇鬼 at 01:01| Comment(4) | 邪馬台国と卑弥呼の真相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
『表の顔は多神教、裏の顔は一神教』・・・・言葉というのは決して真理を表しつくせないということを感じますね。
表の顔は物質的存在、裏の顔は素粒子・・・・と同じで、間違ってはいないけど何の意味もなくなってしまう、理論の突然死みたいな虚しさを感じます。
なぜ、それがベストな手法であったのかを理解することがこの時代の信仰の在り方だと感じます。
真の神を探し求めて機関(ヤタガラス?フリーメーソン?)の意図を明らかにした後には、神はいなくなり、神となった自分達を発見するのかもしれませんね。
Posted by オクト at 2010年04月08日 09:47
「神はいなくなり、神となった自分達を発見する」
これはもう悟りを開いた人の言葉ですね^^
Posted by 夢蛇鬼 at 2010年04月09日 00:27
アマテラスとスサノオは姉弟ですよね。
天孫降臨はアマテラスがその孫に当たるニニギノミコに命じたものですよね。
Posted by 健 at 2010年11月26日 12:40
神話ではアマテラスとスサノオは姉弟ですが、歴史上は夫婦だったようです。

Posted by 夢蛇鬼 at 2011年01月02日 01:52
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