2010年04月04日

金髪碧眼の女王・卑弥呼の謎

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今まで検証してきた通り、卑弥呼は倭人(海人族)の系統だが、アリオン説では卑弥呼(アマテラス)は日向族であり、パミール高原からパキスタン、インド、ネパール、中国を経由して、大陸ルートで渡来した部族だとされている。
この矛盾は、どのように解釈すれば良いのだろうか。

パミール高原の西南に位置するアフガニスタンは多民族国家で、北はタジスキタン、西はイラン、南と東にパキスタン、東端に中国が隣接している。
シルクロードは、ユーラシア大陸を東西に結ぶ複数の交通路で、中国、中央アジア、中東、ヨーロッパとの国際交流が行われてきた。

その主なルートとして、次の3つが挙げられる。
(1)中国西域からパミール高原を越え、中央アジア、西アジアを経由する「オアシス路」
(2)ユーラシア大陸北部の草原地帯を通る「ステップ路」
(3)海のシルクロードと呼ばれる「南海路」

その他、チベットやインドを結ぶ南北のルートなどがあり、それらを総称してシルクロードと呼ぶ。
その中で、天山南道の経路に存在する「アフガニスタン」は、アーリア系の「パシュトゥーン族の地」を意味し、その名の通り、アフガニスタンの主要民族である。

パシュトゥーン族は、パミール高原と連なるヒンズークシ山脈の麓や、パキスタンとの国境付近に住み、一部はトルキスタンにも住んでいる。
アーリア人は人種的にコーカソイド(白人種)だが、アーリアン学説では、インド・ヨーロッパ語族に属する民族全般を指し、現在のトルコに位置する古代ヒッタイト帝国の末裔なども含まれる。
また、アーリア人はイランやインドに定住し、先住民との混血によって両者の違いが生まれた。
尚、「イラン=ペルシャ」とは「アーリア人の国」という意味である。

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アフガニスタンで次に多い民族が、イラン系の「タジク族」で、タジキスタンに同族を持っているが、金髪碧眼の人々もいる。
その他、アフガニスタン、及びその周辺には、次のような民族が存在する。

・ファルシーワーン族(「ペルシャ語を話す人」の意)
・モンゴル族
・ブラフイ族(アーリア人が移住してくる以前の先住モンゴロイドとされている)
・ハザラ族(モンゴル系)
・ウズベク族(アフガニスタン北部のトルキスタン地方や、旧ソ連のウズベク共和国に住み、ウラル・アルタイ語族のトルコ語の1つ、ウズベク語を使用)
・トルコマン族(トルキスタンや旧ソ連のトルクメン共和国に住むモンゴル系で、トルコ語の一方言を使用)
・キジルバーシ族(イランのサフャビー朝を建てたトルコマン遊牧民とされる)
・キルギス族(アフガニスタン東北部のパミール高原や、旧ソ連のキルギス共和国に住み、モンゴル系でトルコ語を使用するが、本来は金髪碧眼のヨーロッパ系民族で、遊牧民の突厥(テュルク)に征服されてトルコ化したと考えられている)
・アラブ族(モンゴル系、地中海人種、またはその混血人種がある)
・バルーチ族(イラン東南部やパキスタン西部に定住)
・ヌーリスタン族(19世紀末に強制的にイスラム教に改宗させられる前は、アニミズムと多神教の合体した宗教を信仰していた)
・コーヒスタニー族(インド語派のダルド語を使用)
・グジャル族(ヒンドゥースタン語の一方言を使用)
・ヒンドゥー族(インド系民族でヒンドゥー教を信仰し、多くが商人や金融業者)
・シーク族(ヒンドゥー族と言語や職業は同じ)
・ユダヤ族(商人や金融業者が多く、ユダヤ教を信仰)
・パミール族(パミール地方に住み、パミール諸語を使用)

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パミール高原の一角で、中国に隣接するパキスタン北西部の長寿村フンザにも、金髪碧眼のワーヒー人が住んでいる。
ワーヒー人はフンザ人と区別されているが、いずれも古代のシルクロードを往来した雑多民族の末裔であり、人種的に区別する必要はない。
他の民族も同様で、茶髪や金髪碧眼の人々が存在するという事は、中央アジアにヨーロッパ系の民族が数多く移住していた事を物語っている。

イザナギ・イザナミは、アマテラス(卑弥呼)のことを次のように言っている。
「この子は、光華明彩、六合(国のこと)の内に、照り徹っている。
子供はたくさんいるが、こんな霊異な子は見たことがない」


加治木氏はこの記述から、アマテラス(卑弥呼)は金髪碧眼の白人だったと解釈している。
詳細は『【真説】日本誕生 黄金の女王・卑弥呼』をお読み頂きたいが、これは決して荒唐無稽な話ではない。

インドネシア〜東南アジア系の海人族に生まれた卑弥呼には、白人の血が入っていたのだ。
だが、イザナギ・イザナミが「こんな霊異な子は見たことがない」と言っている以上、海人族が白人種だった訳ではない。
海人族の中に白人系の子が生まれたのである。
但し、イザナギ・イザナミのどちらかが、白人系だったことは間違いない。

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『古事記』によると、イザナミは火之迦具土神(ほのかぐつちのかみ)を生んで、陰部を火傷して死んでしまった。
イザナギは、死んだイザナミに会いに黄泉の国(死者の国)に赴いたが、醜く変わり果てたイザナミの姿を見て逃げ出した。
逃げ出したイザナギを魔物が追ったが、イザナギは「平坂」という所で魔物を撃退し、命からがら黄泉の国から逃げ帰った。

『竹内文書』には、こう記されている。
「火之尊、母のミド焼かしむ。
母七夜くるしみ、母ミドのただれ治しに、イナダ国バミル高原より、アフスタン国、ヘラサカイトに、天皇に別れて去り行く……」


バミル高原とは、「パミール高原」のことだろう。
そして、「平坂=ヘラサカイト」で、アフスタン国ヘラサカイトは、「アフガニスタンのヘラート」を指している。
何故、イザナミはアフガニスタンまで行ったのか。

『竹内文書』には、イザナミの出自が「伊邪万国黄泉尊娘」と記されており、黄泉を「夜見」に置き換えると、日本が昼の時間帯に夜の国、つまり、西の国(アフガニスタン)出身だったということになる。
(参考:『[超図解]竹内文書U』高坂和導/徳間書店)

アリオンによると、日向族は日本列島の原住民を併合したという。

『東日流外三郡誌』には、日向族について「支那韓土に血族あるも、南蕃の血祖も加はる」と記されている。
つまり、大陸から渡来した日向族が、南方系先住民(琉球民族=倭人)を併合したということである。
そこに、白人の特徴を顕著に持った卑弥呼が誕生し、日向族の女王に選ばれたのではないだろうか。
posted by 夢蛇鬼 at 21:40| Comment(1) | 邪馬台国と卑弥呼の真相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この記事をアップしている時、TVで黄泉比良坂が出てきてシンクロしました^^;
Posted by 夢蛇鬼 at 2010年04月04日 21:44
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