2010年04月02日

伊勢国の女王「卑弥呼=イエス・キリスト」の正体

himiko.jpg

『記紀』に卑弥呼の記述がないのは、「卑弥呼」が名前ではないからである。
ヒミコは天照大神を崇める「日見子」「日巫女」、シャーマンとして「火見子」「火巫女」だったとする説がある。
いずれも間違いではないだろうが、歴史言語学者の加治木義博氏によると、「卑弥呼」は当時の中国の発音で「ピェ・ミャル・ゴ」、アイヌ語では「ピ・ミク」と読むという。

ピ=解く。ミク=告げる。

卑弥呼は、神託を説いて民衆に告げる巫女だったということになり、当然それが1人とは限らない。
その中で、『魏志倭人伝』に登場する邪馬台国の女王・卑弥呼は何者だったのだろうか。
その正体については、実に様々な説があるが、『日本書紀』では神功皇后が「卑弥呼」であることを暗に示している。

だが、神功皇后は5世紀初頭の応神天皇の母であり、年代が異なる為、「卑弥呼=神功皇后」ではないと考えられている。
しかし、神功皇后が「卑弥呼の子孫」である可能性はあり、それが事実であれば、卑弥呼は皇祖的存在ということになる。
詳細は割愛するが、「神功皇后」の正体が「卑弥呼」と娘の「台与」の2人を指していることが、様々な学者から指摘されている。

そして、皇祖神といえば「天照大神」だが、「アマテラス=卑弥呼説」がある。
アマテラスは別名「大日貴」(オオヒルメノムチ)と言い、「ル」は古語で助詞の「ノ」で、「大日の女」ということになり、太陽に仕える巫女(日巫女)と一致する。
また、天文学上の計算で、卑弥呼が没した頃、紀元247年3月24日と紀元248年9月5日に、北九州辺りで皆既日食が起きたことが明らかになっている。

534943.jpg

当時の邪馬台国が琉球地方の海上に位置していたことを考えると、「卑弥呼の死」は「アマテラスの岩戸隠れ」とオーバーラップする。
古代史研究家の安本美典氏は『卑弥呼の謎』(講談社新書)で、天皇の平均在位年から、卑弥呼の時代とアマテラスの時代が重なることを導き出している。
『記紀』によると、アマテラスは岩戸から出てくるが、これは「イエスの復活」のように蘇生したのではなく、娘の「台与」が「2代目・卑弥呼」を継承したことを意味する。

また、『記紀』に登場する「下照姫」が卑弥呼だとする説もあるが、 これも間違いではないだろう。
つまり、「アマテラス=下照姫」なのだが、太陽そのものとしてのアマテラス(天照)を「上照」として、その受肉である人間アマテラスを「下照」と表現されているのだろう。
これは、「絶対神ヤハウェ=御父」と「イエス・キリスト=御子」の関係に相当する。
つまり、紀元前3世紀頃、天孫族をパミール高原から降臨させた天照大神は「上照姫」ということになる。
そして、「ニニギノミコト」と「ニギハヤヒノミコト」が天降ったとされるが、「アマテラス=卑弥呼」同様、この2人もまだ生まれていなかったので、彼らの何代か前の祖先ということになる。

himiko2.jpg

「下照姫」と異名同神の人物は、「アマテラス」「オオヒルメノムチ」以外に、「ミツハノメ」「アメシルカルミズ姫」「タマヨリビメ」「トビヤ姫」「イチキシマヒメ」「ヤマトトトヒモモソヒメノミコト」などが挙げられている。

中でも、『日本書紀』で「ヤマトトトヒモモソヒメノミコト」の墓として伝えられている箸墓古墳は、邪馬台国の有力候補地の纏向遺跡内にあり、更に『魏志倭人伝』の記述(後円部の直径約160メートル)と一致し、卑弥呼と同一人物だと考えられている。

ここではまず、「卑弥呼=アマテラス=オオヒルメムチ」に絞り、 卑弥呼を「アマテラス」と呼ぶことにする。
アマテラスは「イザナギ」と「イザナミ」の子である。
これは神話であると同時に、人間界での出来事でもある。

加治木義博氏は、『【真説】日本誕生 黄金の女王卑弥呼』(KKロングセラーズ)の中で、鹿児島県の南の海上から沖縄県に至る熊毛地方の島々を検討した結果、沖縄県島尻郡の海域に存在する「伊是名島」という面積15平方キロメートル、人口2000人の島が、かつてイザナギ・イザナミがいた島であることを突き止めた。

5908.jpg

1609年、島津軍に首里城を落とされて実質的に属国となった沖縄は、鹿児島の役人に治められていた。
鹿児島語は「a」を「e」と発音することから、本来の「イザナ島」が「イゼナ島」と発音されるようになったのだという。
更に、濁音のなかった時代には、「イゼナ」は「イセナ」と呼ばれており、「ナ」は古代の「国」を意味する名詞で、「伊是名=伊勢国」という説を提唱している。

つまり、本来の伊勢は「伊是名島」であり、アマテラスこそ「伊勢の大神」だったのだ。
従って、伊勢神宮の内宮に「天照大神」が祭られているのは道理である。
もしかすると、外宮の祭神「豊受大神」は、アマテラスの娘「台代」である可能性もある。

パミール高原から旅立ったイザナギ・イザナミの部族は、インドネシア、ジャワ島(耶婆提国)を経由して、熊毛地方(高天原)にある現在の伊是名島、広く言えば琉球古陸に上陸したことが分かる。
これが事実であれば、イザナギ・イザナミ、そしてアマテラスは「出雲族」だったことになる。
だが、彼らが「日向族」であることは動かし難い歴史的事実で、北川恵子によると陸路を辿って日本列島に上陸したことになっている。

この矛盾については、「卑弥呼」と「イエス」が同一神「天照大神」とされている事と併せて、順を追って解明していくが、少なくともこの時点では、イザナギ・イザナミは「海人族」だったことになり、マクロな視点で見ると、東南アジア諸国も「倭国」に含まれるといえる。
そして、彼らはその後も、インドネシアを含む東南アジア諸国を往来していたはずだ。
posted by 夢蛇鬼 at 02:20| Comment(0) | 天孫降臨と建国神話の真相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。