2010年03月30日

失われた琉球王朝と高海原のアマ族の正体

detail_tajikistangif.gif

今までの流れを見ると、出雲族は元々、タジキスタンのクダラを経由して満州や百斉に広がり、その一部は陸路を辿って日本に来たと思われるが、本隊はパミール高原を越えてインドシナ半島から太平洋諸島を渡海し、朝鮮島を経由して日本に渡来した部族ということになる。
そして族長は、スメラミコト(スサの王の血統)である。

出雲族は、インドや東南アジアの島々を経由する際に、渡海手段として南方海人族(倭人)と接触していたことは自然な流れである。
むしろ、出雲族と南方海人族は元々交流を持っていただけではなく、エドム族を祖先とする血を分けた兄弟民族である。
また、海路グループ(出雲族)も陸路グループ(日向族)も「アマ族」だが、アマは「海」だけではなく「天』、つまり「天孫族」を指している。
従って、海路ルートのアマ族は「海人族」と表記するのが適切で、天磐船は「海磐船」となる。

また、海人族が日本列島に渡来したルート(海のシルクロード)も、「高海原(タカアマハラ)」と呼ぶことができる。
そして「タカアマ」とは、南洋マリアナ諸島の「タカ族」と 東南アジア系海人族の「アマ族」の合成語だとする説もある。
尚、ノア一家もまた、大洪水の「高海原」を方舟で漂流し、アララト山系に降臨した天孫民族だったと言えるだろう。
では出雲族は、日本列島のどこに上陸したのだろうか。

04096x.jpg

北川氏によると、出雲族は韓国に上陸後、出雲地方に渡ってきたとし、『日本書紀』の記述とも一致する。
だが、それも微妙なところで、日向族と同じく、沖縄地方に上陸した可能性が高い。
まず重要なことは、紀元前3〜2世紀の日本列島が、現在と同じ形・位置だったとは限らないという事である。

これについても様々なシミュレーションによる仮説があるが、私が最も信頼できると思う情報が、飛鳥昭雄氏と三神たける氏の共著『邪馬台国の謎と逆転日本列島』(学研)である。

アメリカ軍は世界中の海底の地質を完全に把握し、プレートテクトニクス理論とプリュームテクトニクス理論を導入し、且つ放射性年代測定を放棄し、高速プレートテクトニクス理論を展開する中で、日本列島の歴史を徹底的に調査しているという。

そして、アメリカの極秘プロジェクトを担う研究所が、飛鳥氏に提供した紀元前3世紀頃の日本列島のデータによると、朝鮮半島は中国大陸と陸続きではなく、朝鮮島の南方に西日本列島があった。

51CPYRV6WNL.jpg

少し長くなるが、続きは原文を引用したい。

「西日本列島は台湾などの南西諸島とともに、福建省あたりから分離したことが見て取れる。
西日本列島で花開いた弥生文化は、中国の江南地方の文化と共通点が多いといわれるが、なんということはない。
両者は陸続きだったのだ。
これまで、弥生文化は海を隔てて江南から渡ってきたとか、朝鮮半島を経由してきたとかいわれていたが、西日本列島自体が、そもそも江南地方の一部だったのである。
さて、次は東日本列島である。
西日本列島の南にあるのは、地形からいって今のフィリピンである。
驚くことに、フィリピンのすぐ東の沖合いに東日本列島が浮かんでいる。
形状からして、青森県が南になっている。
……(中略)……
はるかオホーツクの北方で中国大陸から分離した東日本列島は、なんと千数百年の間に、一気に南下。
フィリピンあたりにまで移動していたのである。
縄文時代、日本列島は温暖な気候だったというが、なるほど、そういうことだったのだ。
世界的に温暖化が進んだわけではなく、東日本列島自体が南下して、熱帯地方にあったのである。
1996年、バヌアツ共和国のエファテ島で縄文土器の破片が発見され、それが青森県の三内丸山遺跡で作られたものであることが判明したが、その理由も、これなら納得できる。
実は、両者の距離は、かくも近かったのである。
はるばる危険な長い航海をしなくても、すぐに隣の島へ行けたのだ。
おそらく今後、フィリピンやジャワ島から続々と縄文土器が発見されることが予想される。
そして、最後は北海道だ。
東日本列島の東北沖に、北海道とおぼしき陸塊が浮かんでいる。
現在の北海道よりは、二周りは小さい。
地理的に見て、東日本列島と北海道は、ともに南方の島である。
ここに住んでいた縄文人、とくにアイヌ民族は南方系の性質を持っているといわれているが、これはまさしく理にかなっている」


k-jec1.jpg

西日本列島が江南地方の一部だったとすれば、日向族が江南地方から陸路で渡来したのも辻褄が合う。
中国の古文書には、「高天」や「皇天の原」という聖地の名称が登場するが、これが中国大陸における「高天原」だったと考えられる。
ともすれば、それはパミール高原を指していた可能性もある。
中央アジアの真ん中に位置する世界の屋根……パミール高原こそ、高天原と呼ぶに相応しい場所である。

一方、アイヌ人が南方系の性質を持っているのも、東日本列島と北海道が南の島だったことで謎は氷解する。
彼らは、紀元前1000年頃から日本列島に渡来していたドラヴィダ人(シュメール系インド人)や南方系海人族で、中にはエドム人やフェニキア人、ネイティブ・アメリカンと血を分ける部族もいた。

当時、南方にあった東北地方に、縄文文化の痕跡や産鉄神信仰の名残りがあるのはその為である。
日向族は西日本列島の日向地方、出雲族は東日本列島の東北地方に定着したことは、ほぼ間違いないだろう。

問題は「熊毛」である。
「熊毛=クマギヌ=コーオマゲン」であれば、沖縄を含む熊毛地方が日本で最初の高天原という見方ができる。
アメリカの極秘データでは、朝鮮島の南方に中国江南地方と繋がる西日本列島があった。
西日本列島は台湾などの南西諸島とともに、福建省あたりから分離したことが見て取れる。
もしかすると、種子島や屋久島、沖縄諸島も、西日本列島と陸続き、または近隣だった可能性もある。

一方、東日本列島は青森県を南として南下しており、フィリピンの東に位置していた。
東日本列島が南の島だったことから考えて、東日本列島も沖縄と密接に繋がっていたはずである。
当時の沖縄が、青森県とフィリピンの中間に位置していた根拠は、沖縄人とフィリピン人の遺伝子の近さにある。
パプア語と日本語の類似性も指摘されているが、これも海人族によってもたらされたものだと思えば説明がつく。

lrg_16132331.jpg

また、地質学的には、沖縄諸島は奄美大島、八重山諸島、台湾、中国大陸と弧を描くように繋がっていたと考えられ、これを「琉球古陸」と呼ぶ。
そこにはかつて、琉球王朝が栄えていたが、地殻変動によって、奄美大島、沖縄本島、宮古島と八重山諸島を含む3つの島に分断し、度重なる地殻変動で現在の諸島になったという。
沖縄本島、与那国島、慶良間島周辺の海底で、巨石建造物が多数発見されているのは、琉球王朝の遺跡なのだ。

この地殻変動があったのは約1万2000年前とされ、ムー文明の遺跡だと考える学者が多いが、年代測定法に根本的な問題があるとしたら、正確な年代は不明である。
オコツトによれば、約6500年前の次元転換によって、ムー文明とアトランティス文明が滅亡したという。
それを軸に考えると、6500年前の次元転換とは「ノアの大洪水」を指し、それ以前の地球にはパンゲア大陸と呼ばれる1つの陸塊だけが存在していた。

とすると、「ムー」や「アトランティス」というのは大陸の名前ではなく、パンゲア大陸時代に存在した2つの文明圏を意味すると考えられる。
それはちょうど、現在の「東洋文明」と「西洋文明」のようなもので、ムー文明が東洋文明、アトランティス文明が西洋文明に対応する。
では、琉球王朝の海底遺跡は、6500年前に海底に沈んだムー文明の遺産なのだろうか。
いや、琉球王朝が栄えていたのはもっと後世で、恐らく南方系海人族の産物である。

縄文文化とされる与那国町のトゥグル浜遺跡でも、南方系の石器が発見されている。
インドネシア、ポリネシア、ミクロネシアなどから、黒潮に乗って琉球古陸に上陸した海人族が、与那国島沖に琉球王朝の神殿を建設したのである。
それは早ければ紀元前3000年頃から始まり、もしかすると、紀元前200年近くまで存在していた可能性もある。
そして、熊毛地方や青森県、北海道にも定住した。

22966PAOW151_04_01.jpg

少なくとも、沖縄地方は今でもその名残りを受け継ぎ、東北地方も大きな影響を受けている。
結論、出雲族は沖縄地方から隣接する東北地方に進出した。
それ故、沖縄人とアイヌ人は、出雲族系の末裔といえるだろう。

『秀真伝』でニギハヤヒ(出雲族)が、仙台地方に「日高見高天原王朝」を築いたというのは、あながち荒唐無稽ではない。
そして、鹿島経由(海路)で難波に移動したとされているが、これは紀元前1000年頃に、エブス人が堺市の南港辺りに上陸したコースとほぼ同じである。

さて、アリオンによれば、日向族は日本列島に到着し、原住民を併合していった。
その原住民とは、まさしく「海人族=倭人」である。
ここで、新たなミステリーが生まれることになる。
倭人とは、紀元前1000年頃から日本列島に渡来していたエドム族を含む、いわば「先住出雲族」である。

信じられないかも知れないが、先着の日向族は、先住民である「倭人=海人族=先住出雲族」を併合していたことになる。
が、それはそれで良しとしよう。
その後、日向族は、日向地方へ移動して強大な国家を築き上げたという。
日向の強大な国家……アマテラス……これは邪馬台国の卑弥呼ではないのか。
ここで少し、卑弥呼の謎に迫ってみよう。
posted by 夢蛇鬼 at 18:38| Comment(0) | 天孫降臨と建国神話の真相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。