2010年03月29日

イスラエル民族の双児「エドム人」の謎

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少し時代を遡るが、ソロモン王の時代(紀元前965〜925年)、ユダヤ教はまだ成立しておらず、エジプトやヒッタイトの影響を大きく受けた「イスラエル教」と呼ぶべき宗教だった。
それは、黄金の子牛像「アモン」を主とする多神教である。

聖書に登場する民族の中で、最も重要且つ要となっているのがヘテ人(ヒッタイト人)である。
ヒッタイト人はイスラエル民族から尊敬され、また混血によって深い繋がりを持ち、ユダ王国を支配していたヒッタイト系ユダヤ人も、ヒッタイト人として神と契約を結んだとされている。
その神の名は「ヤハウェ」で、荒らぶる神だと言われている。

ヒッタイト人は元々、太陽神に対する信仰が主だったが、強風や暴風が製鉄の神として、天候神が崇められるようになった。
それはシュメール神話の「マルドゥク」であり、カナン神話の「バアル」、日本神話でいう「スサノオ」である。
そして、スサノオは「ルシファー」である。

「ヤハウェ=マルドゥク=バアル=スサノオ=ルシファー」

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カルタゴでは、フェニキア人が赤ん坊を丸焼きにする「バアル信仰の儀式」があり、ユダヤ人がこのような邪教に陥らない為に、シリアの風の神「ヤハウェ」を主神とする一神教を打ち出したと言われている。
言うまでもなく、ユダヤ人の選択は人として正しい。

だが、フェニキア人の悪魔的儀式は、バアル信仰が原因という訳ではない。
何を隠そう、 「ヤハウェ=バアル」であり、ヤハウェの正体はバアルなのだが、これは一筋縄ではいかないので、この話の続きは別の機会に詳述する。

さて、ソロモンの母親はヒッタイト人であった。
『旧約聖書』の「列王記」で、ソロモンは次のように語っている。

「主は日を天に置かれた。
しかも主は自ら濃き雲の中に住まおうと言われた。
わたしはあなたのために高き家、永遠の御住まいを建てた」


スサノオも、これと同じような表現をしている。

――八雲たつ出雲八重垣つまごみに
八重垣造るその八重垣を――


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異端の歴史学者・木村鷹太郎氏は、八雲(ヤクモ)と出雲(イズモ)は「ヤコブ」と「エドム」だと主張した。
エドムは本名を「エサウ」といい、ヤコブ(イスラエル)の双子の兄である。
つまり、エドム人はイスラエル12支族の兄弟民族なのだ。

『創世記』によると、彼らは産まれた時から対抗的な関係にあり、確執のある兄弟だったが後に和解した。
しかし、エサウの子孫であるエドム人とヤコブの子孫であるイスラエル人は、互いに張り合う民となった。
また、エサウは長子の特権として、2倍の相続権と、神からの祝福を与えられていたが、一杯の食物で弟のヤコブに売ってしまったらしい。

元来、弟ヤコブ(イスラエル)ではなく、兄エサウ(エドム)に神権が与えられていたのだ。
そしてエサウが40歳の時、2人のヒッタイト人を妻にめとり、エドム人もヒッタイトとのハイブリッド民族となった。
更に、エドム人はイスラエル民族の中に融け混んでいった。

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ソロモンは、製鉄によってイスラエル王国を繁栄に導いたが、エドムの地(紅海の岸)でタルシン船を製造し、貿易でも巨富を築いた。
マレー半島に、ソロモンの名が登場する『鹿とワニの民話』は、『出雲風土記』の「因幡の白兎」に酷似しており、この当時から「海のシルクロード」が出来ていたようである。

また、大分県の国東半島に、紀元前10世紀頃の製鉄所と思われる、東洋最大の遺跡が発見され、その製鉄方法は聖書の記述通り「赤土から採る」というもので、出雲族(エドム族)が日本列島にも来ていた可能性が高い。
勿論、イスラエル民族も海路ルートで日本列島に渡来していた可能性も高い。

その他、「天皇アラブ渡来説」や「天皇エジプト渡来説」などもあるが、アラブ人やエジプト人が渡来したことがあったとしても不思議ではない。
尚、古代エジプト型の構造船が出土した大阪府堺市では、商売の神様としてエビス(えべっさん)信仰が盛んである。

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紀元前3世紀のエジプト人マネトは、「エジプトを支配していたヒクソスが、後にユダヤと呼ばれる国にエルサレムという町を築いた」と述べており、それはフェニキア人だという。
フェニキア人は、エブス人と呼ばれる民族が主体だったという説もあるが、彼らがエドム人と共に南港に上陸し、堺市に住み着いてエビス信仰をもたらしたようだ。

またこの頃に、イスラエル民族がアメリカ大陸にも渡って、ホピ族と同化していたとすると、モルモン教の主張もあながち的外れではないことになる。
また、フェニキアのユダヤ系カナン人の一部がヨーロッパに移住し、商人として財を築いた彼らは、ヨーロッパの王侯貴族の中に溶け込んで白人となり、いわゆるユダヤ財閥になったと思われる。
そして、中国に亡命したユダヤ人の末裔が、華僑だろう。

尚、ケルト人も日本人のルーツになっているという説もあるが、これは正しくもあり、正確でもない。
ケルト人とは、中央アジアの草原から馬と戦車(車輪付きの乗り物)を持って、ヨーロッパに鉄器文明をもたらしたインド・ヨーロッパ語族のことで、言うまでもなくヒッタイト人(スキタイ人)である。
つまり、日本列島と逆の方角のヨーロッパに移住したヒッタイト人が、ケルト人だと定義して良いだろう。

ちなみに、エサウは「赤い」「毛深い」という意味だが、日本列島の原住民とされる毛人は、エドム人である可能性も高い。
いずれにせよ、エドム人(出雲族)は、海のシルクロードの先住民(ポリネシアン等の環太平洋海人族)と、太いパイプが出来ていたことは間違いない。
posted by 夢蛇鬼 at 21:33| Comment(4) | 日本人のルーツの検証 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
モルモンを批判する人は、コロンブスのアメリカ大陸発見よりはるか以前の移住を問題にするようですが、普通に考えればそれまで何も起こらなかった方がおかしい気がしますね。
ヨーロッパでは船で西に進めば、大陸に着くことは知られていたそうです。
製鉄とともに航海術も非常に重要なキーワードですね。
世界を制覇する武器としての技術・・・製鉄であれ、航海術であれ、核、経済、コンピューター等々、それら全てに人類の認識力が優ることが早急に求められているのでしょう。
 日本は江戸時代に鎖国と大型船の建造禁止令が敷かれたために、大航海時代から取り残され、黒船にビビることになるのですが、制約を受けなければ日本人の能力はムー人並みかもしれませんね。
Posted by オクト at 2010年04月12日 12:20
役職は同じでも個性が違うと思いますよ。音楽性が。
Posted by つきピエンテオス at 2010年08月07日 01:05
すみません、失礼ながら、つきピエンテオス様のコメントは記事に対してですか?
わたしのコメントに対してですか?
よろしければお教えください。

サイトを訪問させていただきました。
「破地獄の種子」さんて方を探しているのですが、ご存知ではありませんか?
Posted by オクト at 2010年08月09日 06:54
つきピエンテオスさん、ありがとうございます。
もう解決したのでお返事は結構です。
蝕破できたようです。
Posted by オクト at 2010年08月12日 21:57
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