2010年03月28日

ヒッタイト帝国とスサの王の謎

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世界の龍蛇退治伝説の中でも、ヒッタイト神話ほど「スサノオの八岐大蛇退治」に酷似した物語はないだろう。
ヒッタイトの首都は「ハットウシャ」である。
これを漢字に当てると「八頭蛇」となるのは偶然ではないはずだ。
極単純に考えると、ヒッタイト帝国(龍文明)を退治して製鉄文明を手に入れたのが、「スサノオ」だと考えられる。
シュメールに隣接するエラムの首都を「スサ」といい、スサの王が「スサノオ」だという説がある。

「スサの王」とはあまりにも現代の日本語過ぎるが、実際にスサノオがエラムのスサと関係がある事は信憑性が高い。
ズバリ言うと、スサノオ(マルドゥク)の受肉が「スサの王」だったと考えて良いだろう。
果たして、エラムのスサの王がヒッタイトに侵攻して、製鉄技術を略奪したのだろうか。
そう考えると自然なストーリーだが、可能性は低い。

シュメール王、またはシュメール王の上に君臨していた預言者が「スメラミコト」だったと考えられるが、ハッキリ言えることは「スサノオ=スメラミコト」という事である。
シュメール王国は、エラム王国の侵攻を受けて滅亡したという説もあるが、シュメール王国とアッカド帝国の地にバビロニア王国が誕生したことを考えると、シュメール人はアッカドに追い出されたと考えるのが自然であろう。

だが、エラム人はエラム語を話す人種不明の民族で、シュメール人ではない。
ところが、エラム(日の昇る地)からシリア(日が沈む地)までが、シュメールの領土だったという説がある。
実際に、ウル第3王朝時代に、エラムはシュメールの支配下にあったという記録がある。
様々なパターンが想定できるが、ウル第3王朝時代、シュメールのスメラミコトが「スサの王」として君臨していた可能性も高い。

「シュメール人はエラムに居住して発展した」という説もあるので、シュメール滅亡後にエラムに移った可能性もある。
シュメール滅亡後、エラムがバビロニアに侵攻した事は間違いないようだが、バビロニア(アッカド)に国を奪われたシュメール人がエラムにいたとすると、その理由も頷ける。

そうでなければ、小国エラムのバビロニア侵攻は現実的ではない。
またその後、エラムはバビロニアの侵攻を受けている。
その時にスメル族(スサの王)がエラムを脱出し、アナトリア高原に移住したとは考えられないだろうか。
そして製鉄技術を世界で初めて生み出していたのは、実は先住民のハッティで、彼らは蛇神を信仰していたと仮定すると、「八岐大蛇伝説」の謎は氷解するのである。

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面白い事に、エラムには数多くのフルリ人が関与していた記録が残されている。
細かな点ではまだ謎は残されているが、シュメールのスメラミコトが「スサの王」になり、ハットウシャに侵攻してハッティを征服しつつも、滅ぼしたのではなく、融合していったと考えるのが自然ではないだろうか。

しかし、嵐神の龍退治の神話はシュメール時代から存在している。
それは何故かと言うと、神話の源泉は神界の出来事であり、それが時を変え、場所を変え、人間界に繰り返し移写されるからである。
その伝説が鉄器と共に日本に伝来し、「八岐大蛇」の神話を生んだ事は間違いないだろう。

何故、日本なのか……。
まず、ヒッタイト帝国は、現在のトルコの辺りに存在した。
そして恐らく、ハッティは蛇神信仰の民族だった。
『日月神示』では、泥海の地球を創り固めたのが龍神の総大将である「国常立尊」だという。

王仁三郎は、次のように述べている。
「地球霊界の主宰の位置についたのが国常であった。
国常立大神は、最初トルコのエルズルム(エルサレム)に神都を定め、天地の律法を制定して地上霊界を統治していた。
ところが地上霊界を我が物にしようとする八岐大蛇・金毛九尾の狐が神人に憑依し、国常立大神の神政を妨害して天地の律法を破壊した」


泥海とは、ノアの大洪水後の地球を指す。
エルズルムは「神都」を意味し、トルコのエルズルムとは「ハットウシャ」を指していると思われる。
つまり、当時の地球は、そこが世界の中心だったという事で、ハッティは必然的に蛇神信仰の民族となり、世界の王の御霊を持つスメラミコトは、必然的に世界の中心であるハットウシャに移り住むことになったのだろう。

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ここで、王仁三郎の話とメソポタミア神話を比較して頂きたい。
地上霊界を統治していた国常立大神は「嵐神マルドゥク」に対応し、八岐大蛇は「龍神ティアマト」に対応する。
だが、国常立尊も「龍神」である。
今まで検証してきた通り、龍にも牛の要素が隠されており、牛にも龍の要素が隠されている。

牛と蛇の合体神が「龍」と考えることも出来るが、要は牛神と龍神は同一神であり、裏と表の神一重だということである。
そして更に裏の裏があり、「善の牛」と「悪の蛇」があり、同様に「善の蛇」と「悪の牛」があるが、それらは同一神であり、牛と蛇のどちらが善か悪かを議論するのはナンセンスである。

だが、それが人間に現れると「龍蛇族」と「牡牛族」に分類されるようになる。
アブラハムは牛族だったと言われている。
また、八岐大蛇を退治した牛頭天王「スサノオ」も牛族に分類できるだろう。
そう、牛の角は丑寅の金神の角であり、「牛=鬼」なのだ。

「牡牛と龍蛇の戦い」と言っても、牛神「スサノオ」と龍神「国常立尊」は同一神であり、共に鬼門に封印された「鬼=龍」であることに注意しなければならない。
では、牡牛と龍蛇を封印したのは何者か。
それこそが、現在のキリスト教で「神」と呼ばれている存在である。

世界神話では、八岐大蛇は退治されたことになっているが、王仁三郎は次のように述べている。
「八岐大蛇・金毛九尾の狐が神人に憑依し、国常立大神の神政を妨害して天地の律法を破壊した」

詳細は順を追って明らかにしていくが、龍を封印したのも「龍」である。
これによってヒッタイト帝国は、王位争奪の内紛で崩壊したのだ。
そして、国常立大神は世界の鬼門である日本列島に追いやられた。
恐らく、ポールシフトで地球の霊的磁場の中心が日本列島に移動したのだろう。
そして、日本列島は徐々に龍体を形成し、世界の雛型となった。

地球の霊的磁場の中心が、アナトリア半島から日本に移動したということは、当然ながら、そこに住んでいた神人たちも無意識に日本列島に導かれることになる。
では、どのようなルートで日本列島に辿り着いたのか。
その前に、もう1つの古代アジア文明を忘れてはならない。
posted by 夢蛇鬼 at 00:05| Comment(2) | 日本人のルーツの検証 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
秦氏 ヒッタイトで検索したらこちらに辿りつきこちらの内容にビックリしています
日本各地のお祭りなどにヘブライに関連する語源をのこしているので(はち)は最大の足跡ではないのか?と思ってました
単に秦氏(はた)や日本の八(はち)へのこだわりの語源はなんなのだろうと思いハッティ(ヒッタイト)に関連性はあるのか調べていたところでした

質問があるのですがここに書かれている情報はヒッタイト神話とありますが
ヒッタイト神話と日本書紀は酷似しているのですか?
”スメラノミコト”などはヘブライ語にも訳せ”ヘブライの王”となるというようなことを書いてる論文を見たことがあります
ヒッタイト人は聖書にも出てくるそうですが その後ヘブライ人になっていったのでしょうか?



Posted by はた at 2010年10月29日 11:32
はたさん、はじめまして。
ヒッタイト神話と日本書紀の類似性ですか?
ヤマタノオロチ退治伝説に関しては、ヒッタイトからの直輸入としか思えないほど酷似しています。
ヒッタイト人は聖書でヘテ人という名称で登場し、ヘブライ人と融合はしていませんが、混血はあったようです。
Posted by ヘンリー at 2010年11月21日 13:38
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